「ウォルター・ランゲってどんな人?」
「ウォルター・ランゲの功績について知りたい」
2017年1月、A.ランゲ&ゾーネに関わる人々の、そして時計産業の父親として偉大な軌跡を遺した一人の男の訃報が届きました。
ウォルター・ランゲ氏、享年92歳。
一生に一本は欲しい、超高級腕時計ブランドとして名高いA.ランゲ&ゾーネ。
ドイツ随一の技術力を持ちながらも、第二次大戦の戦禍・戦後の旧東ドイツによる国有化にみまわれ、一時は時計産業からその名を消しました。
しかし、その激動の時代を生き抜き、再びランゲ家の名を堂々返り咲かせた男がいました。
それが、四代目当主ウォルター・ランゲ氏。
そんなウォルター・ランゲ氏の功績について知りたいという人は多いのではないでしょうか。
この記事ではウォルター・ランゲの遺した数々の名作とともに、彼の生きざまをGINZA RASINスタッフ監修のもと紹介します。
A.ランゲ&ゾーネに興味がある方はぜひ参考にしてください。
出典:https://www.alange-soehne.com
目次
1.A.ランゲ&ゾーネの誕生
知る人ぞ知る、世界最高級・最高峰の老舗時計メーカーであるA.ランゲ&ゾーネ。
「一生に一本は欲しい」と称される、芸術品のようなタイムピースの数々を展開しています。
ドイツはグラスヒュッテに拠を構え、「ランゲとその息子たち」というブランド名通り、時計師一族によって連綿とその伝統が受け継がれてきました。
ドイツブランドらしい、丁寧で熟練した職人気質によって作りこまれた数々のコレクションが魅力的です。
創業はアドルフ・ランゲ、時は1845年。
宮廷時計師であった彼はその華やかな生活を自ら捨て、時計製造業を中心としたエルツ山地の「まちおこし」を目的に、グラスヒュッテに移住し時計工房を開設しました。
アドルフが長い修行の末にたどり着いた、測定器具を使用した合理的な製造手法により、多くの職人が高品質な時計を製作することに成功。
グラスヒュッテは、精密時計産業地帯へと成長し、彼の名声はドイツ国内はもちろん、世界にも広がりをみせました。
その後アドルフ・ランゲは二人の息子に恵まれます。
父親譲りの優れた才能を持った息子たちは、みるみるうちに超一流時計師へと成長。
会社の運営及び技術開発を引き継ぎます。
そして1868年にA.ランゲ&ゾーネが誕生しました。
出典:https://www.alange-soehne.com/ja/our-saxon-origin/#1815-1848-1845/76
その後も最高水準の技術を誠実に守り抜き、老舗時計メーカーの雄としてその地位を築き上げていきます。
しかし、その後に続く世界恐慌や二度の大戦による動乱でグラスヒュッテの本社工場は全壊。
さらに終戦後の東西分裂で、東ドイツの共産政権によってグラスヒュッテ時計会社に統合され、強制的に国営企業となってしまいます。
美しいダイアル上からも時計界からもA.ランゲ&ゾーネの名前は消え、40年間空白の時が過ぎました。
この時代、忸怩たる思いをしつつ亡命、そしてその名を再び復活せしめたのが、ウォルター・ランゲ氏です。
出典:https://www.alange-soehne.com/ja/our-saxon-origin/#1875-1948-1941/101
2.A.ランゲ&ゾーネの消滅と復活
■ウォルター・ランゲ氏が成したこと
創業者・アドルフのひ孫にあたるウォルターは、本社工場が戦禍にみまわれた時、
訓練学校で時計師としての技術を学んでいました。
戦後、敗戦国として最悪の状況下にありながらも卒業、A.ランゲ&ゾーネの再建に向けて動き出します。
しかし、旧東ドイツにより会社が強制的に国有化され、ブランド復興の道が閉ざされます。
西側に亡命したウォルターは、決してA.ランゲ&ゾーネを諦めませんでした。
冷戦がおさまりを見せた1970年代、そもそもの理念であり彼らの原点であるグラスヒュッテを再訪、郷里の人々の生活基盤を守ることの決意を新たにし、その後たびたび訪問します。
「まちおこし」の企業理念は、創始者から絶えることなく受け継がれてきていたのです。
出典:https://www.alange-soehne.com/ja/our-saxon-origin/#from-1990-1990/105
1989年11月、長く冷たい時代を経て、ようやくベルリンの―そして東西の―壁は崩壊し、ドイツ中が喜びに包まれます。
ウォルターの頭にまず浮かんだことは、「再建」の二文字でした。
IWCの社長であったギュンター・ブリュームライン氏の後押しもあり、再びグラスヒュッテの地にカムバック。
40年の時を経てA.ランゲ&ゾーネの名を復活させました。
この時、既に66歳。
あの頃は何もなかった、とウォルターは後に振り返っています。
作るべき時計もなければ職人たちもいない、工房もない。
しかし、最高級・最高峰の時計をつくるという情熱だけはいつもそこにありました。
折しも時代はクォーツショックを克服し、機械式時計ブームが到来。
その波が追い風となり、かつ「繊細な手作業」「合理的で革新的な技術」を開発・確立し、
見事新生ランゲとして誰もが無理だと思いながら、誰もが待ち望んだ復活を成し遂げたのです。
出典:https://www.alange-soehne.com/ja/news-and-more/walter-lange-1924-2017/
A.ランゲ&ゾーネが現代に蘇った時、いったいどんな時計が作り上げられるのか。
その答えは、復活作にして今なお当ブランドのフラグシップとして君臨する4つのコレクション―ランゲ1、サクソニア、アーケード、トゥールビヨン “プール・ル・メリット”―によって、衝撃と感動とともに与えられました。
復興コレクションの発表会見は午前11時から、4つのモデルのパネルはヴェールに覆われていました。
そのヴェールが脱がされた瞬間、会場は拍手喝采に包まれたと言います。
123本製造されていた復活作は、あっという間に完売。
その後も高い技術力に裏打ちされた至高のコレクションを展開、「伝説」は実在の偉業となり、世界中から憧れられるブランドとなっています。
出典:https://www.alange-soehne.com/ja/news-and-more/1994/
3.新生A.ランゲ&ゾーネ “ランゲ1”
1994年、A.ランゲ&ゾーネの復活作の記念碑となったのが、ランゲ1です。
このモデルは、同時に発表された4作品の中で、最も斬新で最も伝統的なものでした。
かつてアドルフが師事していたグートケスと共に作った、ドレスデンのオペラハウスに設置
されている時計をモチーフにした、特徴的な美しいダイアルを持ちます。
スモールセコンドとメインダイヤル、そしてアウトサイズデイト表示の中心点が正三角形を成していて、アウトサイズデイト表示の寸法も、黄金分割比に従う均整のとれた構成になっています。
この左右非対称に配置された斬新なダイアルは、世界に衝撃を与えました。
また、新世代にふさわしい自社製ムーブメントL901.0を搭載(現行モデルではL121.1を採用)。
これは、A.ランゲ&ゾーネが誠実に守り抜いてきた「手作業」だからできた傑作ムーブメントです。
ムーブメントの4分の3を覆う、プレートを使用した伝統的手法であるグラスヒュッテ・ストライプ仕上げが、シースルーの裏蓋から垣間見ることができます。
美しい外観には美しい性能を。
時計師一族の、美技ともに妥協をしないクラフトマンシップが感じられる逸品は、まさに復活にふさわしい名作でした。
ランゲ1は20年以上が経つ今なおA.ランゲ&ゾーネのアイコン的存在で、数多くの賞が授与されています。
~ランゲ1の様々なモデル~
A.ランゲ&ゾーネ ランゲ1 ソワレ
シェルダイアルが採用されており、華麗なギョウシェ彫が施されたソワレ。
現在生産終了となっており、非常に高い希少性と人気を誇ります。
A.ランゲ&ゾーネ ランゲ1 ムーンフェイズ
ムーンフェイズ搭載モデル。
ランゲ1のアシンメトリーなダイアルデザインはそのままに、複雑機構を備えました。
4.新生A.ランゲ&ゾーネ “サクソニア”
調和のとれたエレガントなダイアルが特徴的なサクソニア。
無駄の一切を排除した、シンプルでベーシックなモデルです。
サクソニアのケース素材には、18Kのイエローゴールド、ホワイトゴールドおよびピンクゴールドが使用されており、リューズやバックル、そしてダイアルもすべてゴールド無垢製となっています。
最高峰・最高級の時計ブランドだからこそ堂々発表できた、超高級時計。
ムーブメントには高い信頼性を誇るL941.1が使用され、グラスヒュッテ・ストライプ仕上げが施されています。
出典:https://www.alange-soehne.com/ja/timepieces/saxonia/#saxonia/movement-insights/117
~サクソニアの様々なモデル~
A.ランゲ&ゾーネ サクソニア オートマチック
2011年に発表された、自動巻きムーブメントL086.1を搭載したモデル。
プラチナ製の分銅を使ったローターによって自動的にエネルギーが確保される機能が特徴。
更にはケースの直径38.5mmに対して厚みが7.8mmしかないという、高級時計にふさわしい
スタイリッシュな薄型時計となっています。
A.ランゲ&ゾーネ サクソニア アニュアルカレンダー
出典:https://www.alange-soehne.com/ja/timepieces/saxonia/#saxonia-annual-calendar/introduction/330-025
自動巻きムーブメントSAX-0-MATにビッグデイト、ムーンフェイズ、月・曜日表示を組み込んだ
非常に高い技術が集約されたモデル。
ムーンフェイズは時計が止まることなく動き続けた場合、計算上は122年に一度のみ修正を要する
という、極めて高精度なものです。
5.新生A.ランゲ&ゾーネ “アーケード”
ドレスデン王宮の中庭にある回廊―アーケード―を模した美しいフォルムが特徴的なモデル。
ランゲ1をベースにした2針+スモールセコンドのダイアルはシンプルでありながら、
A.ランゲ&ゾーネならではの気品が伝わります。
ムーブメントには自社製手巻きCal.L911.4を搭載。グラスヒュッテ・ストライプ仕上げ
の意匠は他の3作品と同様に施されています。
レディースラインのアーケードは、機械式でありながら華奢で繊細なデザインを持ち、
スペシャルなシーンでのドレススタイルにぴったり。
6.新生A.ランゲ&ゾーネ “トゥールビヨン プール・ル・メリット”
出典:https://www.alange-soehne.com/ja/news-and-more/page-5091/#/6335
手作業ならではの緻密さと精度の高さにおいて、A.ランゲ&ゾーネの最高峰と当ブランドが謳うリヒャルト・ランゲコレクションのプール・ル・メリット。
プール・ル・メリットとは、1740年にプロイセン王国で制定された最高の名誉勲章にちなんでいます。
復活祭に肩を並べ、その美しさと類まれなる高度な技術に人々は息をのんだと言います。
このモデルは、チェーンフュジーによる動力伝達機構を備えた、当時初めての時計でした。
チェーンフュジーとは、ムーブメントの精度のために最も効果的とされるシステムです。
元はマリンクロノメーターに採用されており、A.ランゲ&ゾーネの職人たちは、史上初めてこの機構を腕時計に組み込むことに成功しました。
精密・精緻な手作業でのものづくりを誠実に守り抜いてきた、A.ランゲ&ゾーネだからできた傑作と言えます。
画像は、その傑作の誕生から19年の時を経て、「決して立ち止まらない志」「これからも時を永遠に刻み続ける時計を作る」という企業理念が込められた2013年発表モデル。
グランドソヌリ・プチソヌリを備えるソヌリ機構、ミニッツリピーター、フドロワイヤント付きスプリットセコンド・クロノグラフ、永久カレンダーなど7つの複雑機構が、気品と風格溢れるボディに搭載されました。
A.ランゲ&ゾーネは、1994年から変わらず至高であり続けていくことを宣言されたかのような逸品です。
~トゥールビヨン “プール・ル・メリット” の様々なモデル~
リヒャルト・ランゲ・トゥールビヨン “プール・ル・メリット”
出典:https://www.alange-soehne.com/ja/timepieces/richard-lange/#richard-lange-tourbillon-pour-le-merite/introduction/760-032
プール・ル・メリットはその後のモデルチェンジでも他の追随を許さない複雑、精緻、そして美しいタイムピースを展開しており、ウォルターの、そして代々続いてきたランゲ家のスピリットが感じられる逸品として名高いです。
トゥールビヨン、文字盤とムーブメントに施された裝飾美術を融合させた究極のモデル。
ムーブメントにはL072.1が組み込まれています。
こちらの定価は、なんと21,830,000円とのこと!(2017年4月現在)
トゥールボグラフ・パーペチュアル プール・ル・メリット
出典:https://www.alange-soehne.com/ja/timepieces/1815/#tourbograph-perpetual-pour-le-merite/introduction/706-025
こちらは2017年SIHHで発表された五代目新作モデル、トゥールボグラフ・パーペチュアル“プール・ル・メリット”。
ウォルター氏の訃報で、会場が悲しみに包まれたことは記憶に新しい関係者も多いですが、その悲しみを乗り越え、生前のウォルターのような偉大で、そして美しいトゥールビヨンが堂々発表されました。
永久カレンダー、クロノグラフ、ラトラパント機能、チェーンフュジー機構、そしてトゥールビヨンという五つの複雑機構を同時搭載するという、また時計界の歴史に一石を投じるものとなりました。
世界限定50本発売。
まとめ
伝説の復活を成し遂げた時、ウォルターは66歳。
その後もブランドと一心同体で歩み、現役を退いた後もブランド・アンバサダー、そして相談役としてA.ランゲ&ゾーネを支えてきました。
再出発はほんの少人数だった会社も、現在では700人を超える大所帯に。
ウォルターは時計に対するのと同じように、周囲の人々にも誠実なお人柄で親しまれていました。
まるで、A.ランゲ&ゾーネ―ランゲとその息子たち―の、そして時計産業の父親のような。
もちろん関係者だけに留まりません。
ウォルターの紡いだ素晴らしい高級時計、ランゲ1を始めとした至高の世界に魅了され、影響を受けた人々は世界中にいます。
腕時計の可能性に果敢に挑戦し、世界を広げてくれたウォルター・ランゲ氏。
彼に感謝をするとともに、ご冥福を心よりお祈りいたします。
当記事の監修者
南 幸太朗(みなみ こうたろう)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチコーディネーター
高級時計専門店GINZA RASIN 買取部門 営業企画部 MD課/買取サロン プロスタッフ
学生時代に腕時計の魅力に惹かれ、大学を卒業後にGINZA RASINへ入社。店舗での販売、仕入れの経験を経て2016年3月より銀座本店 店長へ就任。その後、銀座ナイン店 店長を兼務。現在は営業企画部 MD課 プロスタッフとして、バイヤー、プライシングを務める。得意なブランドはパテックフィリップやオーデマピゲ。時計業界歴13年。