あなたは時計メーカーのグループをご存知でしょうか?
航空会社に「スターアライアンス」「ワンワールド」「スカイチーム」といった大規模な提携グループがあるように、時計メーカーにも最大手スウォッチグループを筆頭に、リシュモングループ、LVMHグループなど、いくつかのグループが存在します。
著しく変わる世界情勢の中で、現状時計メーカーが単独で生き残っていくのは難しくなっているのが現状です。パーツの供給や広告費の問題など、現代社会で高級腕時計を販売していくには相当なコストが掛かる為です。
高級時計業界ではブレゲを復活させたスウォッチグループを成功例に、海外資本による業界への参入が相次いでいます。リシュモングループ、LVMHグループもその一つです。そして、巨大資本を元に時計メーカーは次々と買収されていき、各グループの傘下に入っていきました。
高級時計業界はグループ対グループの競争へと変わってきているのです。
買収というとあまり聞こえはよくありませんが、各時計メーカーは海外巨大資本の傘下に入ることで、安定した基盤の中で時計製造を行うことが可能となるメリットがあります。今や高級腕時計は巨大資本無しに生き残ることが難しい世界になっているのです。
今回は時計界の3大勢力 「スウォッチグループ」「リシュモングループ」「LVMHグループ」を始め、WPHHグループや独立時計師アカデミーなど、腕時計ブランドの業界図について説明します。
目次
時計界3大勢力① 業界最大手スウォッチグループ
出典:https://www.swatchgroup.jp/
スイス最大の時計グループ。それが「スウォッチグループ」です。世界最大のムーブメントメーカー『ETA社』が所属しているのが業界内で大きなポイントとなっています。リーズナブルなカジュアルウォッチとして人気を博している”スウォッチ”の創設者でもあるニコラス・G・ハイエックが創立した時計製造グループがスウォッチグループであり、現在は息子のニック・ハイエック・ジュニアがCEOを務めています。
出典:https://shop.swatch.com/
カジュアルウォッチの世界で圧倒的な地位を手に入れたスウォッチグループが次に目を向けたのが高級腕時計業界。高い知名度を誇る「オメガ」「ブレゲ」「プランバン」の買収により、高級腕時計業界でも一気に頂点まで上り詰めました。
さらにはムーブメント製造メーカーの「ETA社」や「ニヴァロックス社」を傘下に置き、製造面・コスト面で他のグループより優位な状況を保っています。
2013年にはハリーウィンストンを10億ドルで買収、更なる飛躍を目指しています。
主な傘下時計メーカー
ブレゲ、オメガ、ハリーウィンストン
その他ブランパン、グラスヒュッテオリジナル、ラドー、ティソ、ハミルトンなど
時計界3大勢力② リシュモングループ
出典:https://www.richemont.com/
スウォッチグループの1番のライバルとして存在するのが”リシュモングループ”。1988年に南アフリカの実業家「ヨハン・ルパート」によって創業されました。宝飾品・時計、筆記具、服飾の4部門で構成されているのが特徴で、宝飾品・時計部門ではカルティエを中心とした数多くの高級時計メーカーが連なります。傘下メーカーには世界3大時計ブランドの一角を担う”ヴァシュロンコンスタンタン”、ドイツの名門”ランゲ&ゾーネ”も存在し、そうそうたる顔ぶれです。
多くの人気メーカーを傘下に収めるリシュモングループは、業界トップのスウォッチグループを追い越す勢いを持っています。その勢いを脅威に思ったスウォッチグループが他のグループへのETAムーブメント供給を制限した「2010年ETA問題」を引き起こしたことは無理もありません。
主な傘下時計メーカー
ヴァシュロンコンスタンタン、ランゲ&ゾーネ、カルティエ
パネライ、IWC、ピアジェ
ボーム&メルシェ、ジャガールクルト、モンブランなど
時計界3大勢力③ LVMHグループ
LVMHとはモエヘネシー・ルイヴィトンの略です。世界最大のファッション業界大手企業体とされるLVMHは時計部門でも大きな業績を上げています。タグホイヤー、ウブロ、ブルガリなどファッション性の強い時計メーカーを傘下に売上を伸ばしています。売上は業界4位!まだまだ成長を続けていくであろう、現在注目のグループです。
ルイヴィトンはバッグや財布は有名ですが、2002年より時計業界に参入しました。
ラインナップはドラム型のタンブールと角型のスピーディ。同じLVMHグループのゼニスやタグホイヤーの協力の下、本格的な時計工房を持ちエルプリメロをベースに本格派高級時計作りを行っています。
主な傘下時計メーカー
タグホイヤー、ウブロ、ゼニス
ブルガリなど
時計界のグループ WPHHグループ
時計界3大勢力以外にも、時計界には多くのグループが存在します。その中でも強い存在感をはなつのが「WPHHグループ」です。このグループはフランクミュラーを中心とした小規模のグループ。ECW、ピーエルクンツ、マーティン・ブラウンなどのブランドや、時計工房と学校を傘下に持つことが特徴です。スイス、ジュネーブにあるウオッチランドで、毎年バーゼルワールドにあわせ新作発表をしています。
時計界のグループ 独立時計師アカデミー
独立時計師アカデミーは1985年に結成された、数十人の独立時計師で構成された国際的組織です。独立時計師とはその名の通り、メーカーに属さず「個」として独立しながら時計師として働く”機械式時計製作の天才”と呼ばれる人々を指します。
他のグループとは違い、巨大資本はもっていません。あくまでも天才技術者の集団として、最高級の時計を世界に放ち続けるのが独立時計アカデミーです。メンバーには「フィリップ・デュフォー」「アントワーヌ・プレジウソ」「F.P.ジュルヌ」といったそうそうたる顔ぶれが並びます。
時計界のグループ その他のグループ
出典:https://www.girard-perregaux.com/ja
ここまで、挙げてきたグループ以外にも時計界には多くのグループが存在します。その他の代表的なグループは「ケリンググループ」「モバードグループ」「シチズングループ」「スイス・フルリエ地方の時計ブランド」とったグループが有名です。
フルリエ地方の時計ブランドとは、ショパール・フルリエ・ボヴェの3つの独立したメーカーによるグループのことを指します。ただ、グループとはいっても他グループと異なり資本関係はありません。
巨大資本に属さない独立系時計メーカー
高級時計メーカーにはどこのグループにも属さない独立企業も中には存在します。巨大資本に属さないだけあって、どのメーカーも高い技術力とオリジナリティをもつメーカーばかり。また、独立した経営業態のメリットとしては「自分たちが作りたいものを開発出来る」「開発に自由に時間をかけられる」「経営の最終判断権が自分たちにある」といった点があります。
独立企業① ロレックス
自社一貫生産体制を掲げるマニュファクチュールメーカー”ロレックス”。その圧倒的知名度と売上は実に脅威的です。時計界での売上高はスウォッチグループ、リシュモングループに次ぎ、なんと3位!メーカー単独での売上はぶっちぎり1位です。現行のすべてのモデルに自社独自のオリジナルムーブメントを搭載しており、グループの力に頼らずとも生き抜けるまさに時計界の王者です。
また、姉妹ブランドのチュードルもロレックスにはない魅力を持ち、高い人気を誇ります。
独立企業② パテックフィリップ
独立時計メーカーとして、時計界の頂点に君臨するメーカー「パテックフィリップ」。芸術性の高いデザインと、複雑機構を組み込んだムーブメントは時計ファンの永遠の憧れです。単独メーカーとしてはロレックスに次いで2位の売上を誇ります。
独立企業③ オーデマピゲ
世界3大時計メーカーの一角を担うオーデマピゲも巨大資本に属さない独立企業です。スイスの独立時計メーカーとしてはパテックフィリップに次ぐ売上を上げています。ロイヤルオークの人気は根強く、多くの時計ファンに愛されています。
独立企業④ ノモスグラスヒュッテ
ドイツ グラスヒュッテの時計メーカー「ノモス」。一番人気のタンジェントをはじめ、ノモスの時計は上品でシンプルな美しさがあります。また、ETA社のムーブメントに改良を加えたリファインムーブメントは大きな魅力。独立企業ならではの細かな企業努力により、低価格ながら圧倒的な精度を誇る時計を作り上げました。機械式時計のエントリーモデルとして現在注目を浴びているメーカーです。
独立企業⑤ セイコー
日本が誇る時計メーカー”セイコー”。1881年の創業以来、国産初の腕時計や世界初のクオーツウオッチを発売するなど、革新的な商品を次々と世に送り出してきました。現在ではセイコーホールディングスグループという巨大グループに成長。電子デバイス、情報機器、眼鏡、クロックなど、様々な事業を展開しています。それぞれ独立した事業が連携をとりながらさらなる飛躍を目指します。
ブライトリング
ここまで名前の挙がらなかったブライトリングですが、英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズが2017年4月28日に買収すると発表されました。ブライトリングは長い間独立時計メーカーとして経営を続けていましたが、ここで遂に巨大資本グループの傘下に加わることとなります。
買収は2017年6月に完了するとの見込みで、同ブランドの香港への輸出が2017年3月に2年ぶりに増加していることから、「CVC」が今後アジアのマーケット注力してくのではないかと予想されています。
時計業界の拡大と再編
世界3大時計メーカーを筆頭に、100年以上の歴史を誇るメーカーも存在するほど高級腕時計の歴史は深いです。ですが、常に安定した売上を誇っていた業界では決してなく、実は高級腕時計の売上が爆発的に伸びたのは1990年代に入ってからです。
長い間腕時計は機械式で高価なものとして販売されてきました。しかし1969年にセイコーがクォーツ時計を開発したことにより、その価値観は崩壊。機械式時計の需要は著しく低下しました。その結果数多くのメーカーが廃業に追い込まれ、その後数十年に及ぶ冬の時代が到来します。
そんな中、状況を打破したのは「巨大資本によるグループ化」でした。
スウォッチの功績
1983年にスウォッチグループの主力商品”スウォッチ”が爆発的に売れたことで、スイスの時計産業は再び注目を浴びるようになります。その後スウォッチグループは部品供給メーカーの統合を進め、更には高級腕時計のブランディングを行いました。
高級路線化へと進んだ切っ掛けの一つが「ブレゲ」の買収。長い間時計メーカーとして精彩を欠いていたブレゲをスウォッチグループは豊富な巨大資本とブランディングによって復活させます。
その復活は時計マニアや富裕層にしか需要のなかった高級腕時計を多くの人々に認知させました。そして「故ニコラス・G・ハイエック」の手腕もあり、次第に高級腕時計は再び世界中で注目を浴びる存在へと復活を果たします。
ムーブメント供給問題
現在の時計界はグループ同士の対立が続いています。その原因はムーブメントの供給問題。通称2010年ETA問題と呼ばれる今でも解決しない根深い問題です。
出典:https://www.eta.ch
2002年スウォッチグループが、グループ外へのエボーシュ(機械式時計の未完成ムーブメント)提供を段階的に停止していくと発表したことで、他のグループ、及び時計メーカーに大きな衝撃を与えました。
スウォッチグループの勢いが以前と比べ衰えていたことに加え、リシュモングループの脅威の追い上げを考えれば、「競合他社にわざわざムーブメントパーツを提供したくない!」と思うことは自然なことではあります。
当然スウォッチグループの系列のETA社とニヴァロックス社にムーブメント供給を依存していた時計メーカーの間で、激しい抗議が起こりました。結果的には、公正取引委員会コムコ(COMCO)の調査により、スウォッチグループは2012年以降グループ外顧客への部品供給を削減してもよいとする仮決定が下されます。
この問題を受け、ETA社のムーブメント供給に頼っていた時計メーカーはムーブメントの自社開発への道を歩み始めます。中でもオメガ、パネライ、ブライトリング、カルティエなどの一流メーカーの自社ムーブメントは大きな話題を生みました。
グループ間の対立関係を生んでしまったムーブメント供給問題ですが、各時計メーカーのマニュファクチュール化が進んだことは時計業界にとっての進化ともいえます。
まとめ
現在の時計業界は「スウォッチグループ」「リシュモングループ」「LVMHグループ」の3つのグループを中心として動いています。また、ムーブメントの供給問題もあり、今の時計業界を生き残るためにはグループの傘下に入ることは、もはや当たり前の時代です。
その中で独立企業として巨大資本グループに匹敵する売上を誇るロレックスの凄さは群を抜いています。加えてセイコーやパテックフィリップも独立企業として上位にランクインするなど、高い売上を維持。やはりマニュファクチュールは強いです。
今後、腕時計業界はどう変わっていくのか。時計そのものは勿論、時計業界全体を見てみるのも時計の楽しみ方の一つですね。
当記事の監修者
新美貴之(にいみ たかゆき)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチコーディネーター
高級時計専門店GINZA RASIN 店舗営業部 部長
1975年生まれ 愛知県出身。
大学卒業後、時計専門店に入社。ロレックス専門店にて販売、仕入れに携わる。 その後、並行輸入商品の幅広い商品の取り扱いや正規代理店での責任者経験。
時計業界歴24年