「クロノグラフモデルのコラム ホイールって何だろう」
「カム式とコラムホイール式はどちらを選んだら良い?」
クロノグラフの制御方式にはカム式とコラムホイール式がありますが、その特徴について詳しく知りたいという人は多いのではないでしょうか。
コラムホイール式は高級モデルに、カム式は初級~中級モデルに採用されることが一般的とされています。
この記事では腕時計のコラム ホイールについて、GINZA RASINスタッフ監修のもと解説しています。
クロノグラフの伝達方式についても解説していますので、クロノグラフモデルの購入をお考えの方はぜひ参考にしてください。
目次
はじめに
機械式時計において圧倒的な人気を誇る機構「クロノグラフ」はいわゆるストップウォッチ機能です。
これは時計に興味がある方なら誰もが知っていると思います。
メカニカルな意匠に加え、スポーティーなデザイン性。機械式時計のカッコよさを体現したクロノグラフは幅広い層から支持を受けています。
①クロノグラフの制御方式
「カム式」と「コラムホイール式」という言葉を聞いたことはありませんか?
これらはクロノグラフを制御方式を指します。
制御方式というのは、「スタートボタンを押す・ストップボタンを押す・リセットボタンを押す」というクロノグラフの一連の流れを制御するシステムであり、カム式かコラムホイール式かによって大きく異なります。
ざっくり分けるとコラムホイールは高級仕様、カム式は廉価仕様となっていますが、カム式だからといってクロノグラフとして粗悪なモノであるということはありません。
コラムホイールが高いコストで作られた上位仕様であるという認識をもっていただければ結構です。
コラムホイール式
コラムホイール式は高級クロノグラフに採用されている方式です。
多くの時計ブランドが自社製ムーブメントの製造を開始した現代においては、「自社ムーブ搭載クロノグラフ=コラムホイール式」でなければならないという図式が出来上がっているため、高級モデルの代名詞といえる制御方式になっています。
コラムホイール式は精密な制御が可能であることが最大のポイントで、各パーツがコラムホイールという部品によって繊細に制御されます。
上の写真において円で囲まれた部分がコラムホイールです。このホイールが一方向に回転することにより、クロノグラフを動かすパーツがそれぞれ作動します。
後述するカム式は左右に首を振ることで動作をコントロールする機構ですが、細かな制御が効かないため、複雑な機能を追加することはできません。
それに対して、コラムホイール式はホイールの回転動作により「スタート・ストップ・ブレーキ」といった様々な動作を精密に調整することができます。
尚、コラムホイール式はプッシュボタンを押すときの指の力が動作に影響を与えません。機構に無駄なエネルギーをかけることがないため、「ボタンの押すときの感覚が柔らかい」「動作が安定している」といったメリットが得られます。
ただ機能性に優れるコラムホイール式にもデメリットは存在します。
それは価格です。
動作が確実で耐久性にも優れるコラムホイール式は、カム式に比べ製造コストが高くなります。
一般的に自社製ムーブメントに搭載されることが多いですが、現在は中級クラスのモデルでも自社製ムーブメントが搭載されることが増えていますので、コラムホイール式クロノグラフの数は相対的に多くなってきています。
つまり全体的にクロノグラフの価格が高くなってきているともいえます。
カム式
カム方式はコラムホイール式のギミックを簡略化し、コストカットした制御方式です。上作動カムと下作動カムの2パーツで構成されており、全体が往復運動を行うことにより「スタート・ストップ・リセット」の全動作が制御されています。
コラムホイール式に比べると低コストかつ簡易的な構造になっているため、大量生産に向いていることが特徴です。
写真の円で囲まれたカム部品により、上作動カムと下作動カムを制御するのがカム式の仕組みです。繊細なコラムホイール式に比べるとやや大雑把な作りとなっています。
また、カム式はコラムホイール式よりも内部構造を大きく動かすことになるため、作動に強い力が必要となります。
【カム式のプッシュボタンが固いといわれる理由】
カムを強い力で作動させるためには、プッシュボタンを押すときに強いエネルギーが必要です。
そこで使われるのが「強固なバネ」。カムを動かすためのエネルギーをバネで補います。
コラムホイールは繊細な動きで作られているため、動作に強い力を必要としません。そのため、「柔らかいバネ」を採用することが可能でした。
しかし、カム式で柔らかいバネを使用すると、カムを動かす力をうまく伝達できずに不具合を起こしてしまうのです。そのため、カム式では「強いバネ」を使わざるを得ないのです。
強いバネが使われているということは、ボタンを押したときの感覚も固くなります。これがカム式のカチッとした感触の原因となるわけです。
この感覚を好まれる方も多く、カム式の方がメンテナンスが容易なので、壊れても修理費が安いというメリットもあります。
クロノグラフが誕生してから間もない1960年代までのカム式は、誤作動を防止するブレーキレバーがついていないなど、粗が目立つ方式でしたが、技術が進歩した現代ではコラムホイール式との差は着々と埋まってきています。
プッシュボタンを押す感覚以外は大差が無いといっても良いかもしれません。
「気に入っているモデルだけど、カム式だから購入するのをやめよう。」と思う必要は無いと思います。
②クロノグラフの伝達方式
前述の通りクロノグラフはコラムホイール式・カム式のどちらかが制御方式として採用されていますが、もう一つ「伝達方式」という重要な項目が存在します。
伝達方式とは、どのように「クロノグラフを動かすか(秒針の歯車を動かすか)」を決める機構であり、主に3種類の方式から一つが選ばれます。
代表的な伝達方式は、「キャリングアーム方式」「スイングピニオン方式」「垂直クラッチ方式」の3つ。それぞれに異なる特徴があります。
コラムホイール式 | カム式 | |
キャリングアーム方式 | 高級モデルに搭載されている古典的な方式。見た目が美しく、ほとんどが自社製ムーブメント | オメガ スピードマスター等、限られたモデルに採用されている |
スイングピニオン方式 | キャリングアーム方式を生産性重視にしたもの。自社製ムーブメントが多い | ETA7750等、汎用ムーブメントの大半がこの方式 |
垂直クラッチ方式 | 最も精度が安定する方式。厚みは出るが、機能性に優れる | 汎用ムーブメントをカスタマイズした中級モデルに多く見受けられる |
基本的にクロノグラフムーブメントはまず、コラムホイール式かカム式のどちらで制御されているのかに分類されます。
そして、どちらかの制御方式が決められたら、次は伝達方式が決定されます。
抜群の美しさ!キャリングアーム方式
見た目が大変美しいクロノグラフの伝達方式です。コラムホイール式でこの伝達方式が採用されているモデルは最上位の時計ばかりであり、その美しさは工芸品と呼べる仕上がりとなっています。
パテックフィリップやランゲ&ゾーネにも採用されているキャリングアーム方式のクロノグラフは機械式時計のロマンが詰まった傑作です。非常に高価なモデルが並ぶため、コラムホイール/キャリングアーム形式は時計ファンにとって憧れのクロノグラフと言えるでしょう。
上記の写真で左側のアームのことをキャリングアームと呼び、このアームには秒針を動かす4番車(下の大きな歯車)と中間車(上の小さい方の歯車)の2つの歯車が備えられています。
実際に動かされるのは中間車の方で、キャリングアームが中間車を中央で止まっているクロノグラフ秒針と嚙合わせることによりクロノグラフが作動します。
非常にシンプルで古典的な仕組みですが、機械のギミックを損なうことがないので、視覚的に非常に美しいことが魅力です。ただ、中央で停止している歯車(クロノグラフ秒針を動かす歯車)に動いている歯車を噛ませるため、パーツの摩耗は3つの伝達方式の中で最も激しくなっています。
高価なモデルが多いキャリングアーム方式のクロノグラフですが、比較的手に入れやすいのはゼニスが開発したエルプリメロを搭載したモデル。コラムホイール×キャリングアームが50万円台から買えるのは驚きです。
ゼニス クロノマスター 1969 51.2080.400/69.C494
機械式時計に興味を持った方なら、一度は「エルプリメロってカッコいいな」と思われたことがあるはずです。
そのカッコよさはキャリングアーム方式によって作り上げられています。
普及率No.1スイングピニオン方式
スイングピニオン方式は現在世に出回っているクロノグラフの殆どに搭載されている駆動方式です。初級~中級のモデルに搭載されている”ETAバルジュー7750″がスイングピニオン方式なので、大半の汎用ムーブメント搭載機はスイングピニオン方式ということになります。
また、ETAバルジュー7750は大量生産を前提として製造されているため、制御方式はカム式で作られていることも特徴です。
すなわち、大半の機械式クロノグラフは「制御方式:カム、駆動方式:スイングピニオン」が一般的ということになります。
出典:https://www.eta.ch
簡単に動く仕組みを説明します。
ETA バルジュー7750にはピニオンギアと呼ばれる小さな歯車が備えられており、この歯車がクロノグラフ秒針を動かす歯車と連結することで、クロノグラフを作動させます。
ピニオンギアは回転するシャフトの先に取り付けられており、待機状態ではクロノグラフ秒針の歯車とは離れたところに位置していますが、スタートボタンを押すとシャフトがスイングしてクロノグラフ秒針と接続されます。
ピニオンギアがスイングするからスイングピニオン方式と呼ばれるわけです。
「クロノグラフのスタートボタンを押し、クロノグラフ秒針を動かす歯車を別の歯車と嚙合わせる」という駆動方法はキャリングアーム形式と一緒ですが、スイングピニオンはその動きを簡素化・低コスト化したものといえます。
この方式を採用している有名モデルは「IWC ポルトギーゼ」「ブライトリング オールドナビタイマー」などが挙げられます。
近年は各社の製造技術が向上していますので、ETA バルジュー7750をベースに開発された各社のスイングピニオン方式はかなり高性能です。
自社ムーブメント搭載モデルが増えてきているため、汎用ムーブメントを使用したクロノグラフは質が悪いと勘違いされる方が増えていますが、ETA バルジュー7750 ベースのクロノグラフは高い品質を誇っています。
精度重視!垂直クラッチ方式
垂直クラッチ方式は、バネによってクロノグラフを動かす歯車を”垂直”に連結させたり、離したりする方式です。自動巻きが主流となった現代では、この方式が採用されていることが増えています。
出典:https://www.grand-seiko.jp/10stories/vol9/1/
垂直クラッチ方式はクロノグラフが作動していない間は起動用の歯車が浮いている状態となっています。
ムーブメントによって構造に差はありますが、垂直クラッチ方式のムーブメントは4番車と同軸に起動用の歯車が備えられており、プッシュボタンを押すことで起動用の歯車が4番車に接触し動力を得ます。
スイングするためのスペースが必要なスイングピニオン方式とは異なり、水平軸にパーツを多く埋め込めることがメリットです。
また、他の方式に比べると接続エネルギーのロスが少ないため、精度が高いということも魅力です。
噛み合わせが悪くなることも少ないため、針飛びを起こしにくいというメリットもあります。
ロレックス デイトナ搭載 Cal.4130
自動巻きが主流となった現代では、急激に垂直クラッチ構造を採用するクロノグラフが増えてきました。
セイコーの「9R8系 自動巻きスプリングドライブ」、ロレックス デイトナに採用されている「Cal.4130」、ブライトリングの「Cal.01」。
これらは全て垂直クラッチ方式が採用されています。
どのブランドも実用性と精度に趣を置いているブランドであることから、垂直クラッチ方式の信頼性の高さが伺えます。
ただ、一見メリットだらけにも思えますが、垂直クラッチ方式にはデメリットも存在します。
まず、ムーブメントが垂直クラッチ構造を搭載するだけのスペースが必要であることから、ムーブメントに厚みが出てしまうこと。ムーブメントの大きさが肥大化するため、薄く美しく仕上げるには不向きです。
また、バネの力だけでクラッチを動かしているため、耐久性はキャリングアーム方式やスイングピニオン方式に劣ります。
まとめ
繊細な仕組みで作られたコラムホイール式、コストを抑えつつも品質の向上が著しいカム式。より精密なクロノグラフが欲しい方はコラムホイールを選ぶのがオススメです。ただ、カム式も十分高い品質を誇ります。
駆動方式は精度に優れる垂直クラッチ構造が主流になりつつありますが、薄型の時計をお探しの方はスイングピニオン方式のモデルを選んでもよいでしょう。もちろん最上級の美しさを誇るキャリングアーム方式は見てるだけでも楽しめます。
制御方式・駆動方式共に、どの方式もメリット・デメリットが存在します。デザインを優先にしつつも、どの方式が採用されているのかも気にしてみてはいかがでしょうか。
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年