機械式時計市場の円熟とともに、内部の機械―すなわち「ムーブメント」に関する情報が溢れかえっています。
それは、時計愛好家の心を射止めているということはもちろん、ブランド側が搭載ムーブメントの価値について広くプロモーションすることもまた手伝っているでしょう。
事実、機械式時計はルックスも大切ですが、「末永く使える精密機器」としての側面を鑑みれば、ムーブメントなくして語れません。
そんな中で、「汎用ムーブメント」「自社製ムーブメント」という用語を聞いたことがあるでしょう。そして、往々にして「汎用ムーブメント」の方が廉価であり、「自社製ムーブメント」の方が高価と言ったイメージが付きまといます。かつては「エタポン」などといった揶揄も飛び交いました。
このイメージは、完全に間違いではありません。しかしながら汎用ムーブメントの価値の全てを語るものではありません。汎用ムーブメントは消費者にとって高性能時計をもたらしたのみならず、時計業界にも大きな影響を与え続けています。
一方で自社製ムーブメントならではの魅力があることも事実。
この記事では、東京 銀座に時計専門店を構えるGINZA RASINが汎用ムーブメントと自社製ムーブメントを徹底比較いたしました。また、当店のメンテナンス部門のスタッフを中心に、それぞれのメリット・デメリットについて調査を行っております。
ご自身の好みやライフスタイルにマッチした一本を探す一助となれば幸いです。
目次
汎用ムーブメント・自社製ムーブメントとは?
そもそも汎用ムーブメント・自社製ムーブメントとは、正確にはどのような意味を持つ用語なのでしょうか。
詳しく解説いたします。
①汎用ムーブメント・自社製ムーブメントの概要
「汎用」と言う言葉が示す通り、どのメーカーでも所望の時計のベースとして使えるムーブメントが汎用ムーブメントです。
もっと具体的に言うと、ムーブメント製造メーカーやムーブメントに定評のある時計メーカーが作った「エボーシュ(半完成品状態のムーブメント)」をベースに使ったムーブメントとなります。
ムーブメント製造メーカーの中で最も有名と言って過言ではないのがスイスのETA社。このETA社製のムーブメントをそのまま使った時計を「エタポン(ETAをポンと載せるだけ、などと言った揶揄)」などと呼ぶこともありますが、高級時計メーカーは基本的にはエボーシュをアレンジして自社製品仕様に仕上げます。
一方の自社製ムーブメントとは、その名の通り時計ブランドで開発・設計・製造されたムーブメントを指します。ただしこの定義は曖昧で、パーツは外部サプライヤーに頼っているところも少なくありません。
自社製ムーブメントは開発コストがかかるため、高価格帯になりがち。しかしながらブランド独自の設計やデザインのもと、唯一無二の時計を作るためには欠かせないと考えられることもしばしばです。
反対に汎用ムーブメントは基本的には量産品のため、コストを抑えつつ高性能を追求するために用いられます。一方で基本設計はムーブメントメーカーによって決められているため、多少手を加えただけではカスタマイズしづらく、「汎用ムーブメントを使った時計は似たような顔立ち・性能になってしまう」といったオリジナリティ不足の指摘もあります。
しかしながら近年では汎用ムーブメントをベースに徹底的なモデファイを加えることで自社独自のムーブメントに昇華させるブランドも少なくありません。そのためひとくちに汎用ムーブメントと言っても、様々な魅力やスペック,価格帯の製品が消費者を楽しませています。
なお、ムーブメントを自社で一貫製造することを「マニュファクチュール」、ムーブメント(あるいはその他パーツ)をサプライヤーから仕入れ、自社で時計として組み立て・ケーシングを行う製造スタイルを「エタブリスール」と呼んでいます。
②汎用ムーブメントと自社製ムーブメントの対立構造とは
しばしば汎用ムーブメントの対義語で自社製ムーブメントが使われます。
さらには冒頭でも述べたように、高級製品には自社製ムーブメント、低価格帯の製品には汎用ムーブメントと言ったイメージがあります。
この対立構造、もともとあった考え方とはなりますが、広く認知されたのはここ10年ほどのこと。
そもそも、今や汎用ムーブメントも様々です。「低価格」とは言え、汎用ムーブメントをベースにした高級時計の中で、100万円超えのものも多々見かけます。対してタグホイヤー等、自社製ムーブメントであるにも関わらず、「手の届くラグジュアリー」として価格を抑えて提供しているブランドもあります。
にもかかわらず、なぜ汎用ムーブメントVS自社製ムーブメントなどと言った対立構造が出来上がったのでしょうか。
過去にさかのぼると、伝統的に時計は分業制で製造されてきました。
現在時計のメッカでもあるスイスに時計職人が集まり、時計産業を活気づかせたのは18世紀頃からです。
もちろんそれ以前からも時計製造はさかんでしたが、時計大国であったフランスで宗教改革に伴う内乱が起こっており、優れた時計職人たちが多数スイスに亡命してきたことも要因です。スイス ジュネーブはカトリックと対立していた改革勢のカルバン派(ユグノー)の影響力が多い土地であったため、ユグノーが多く流入することとなります。
また、スイスは早い段階で銀行システムを確立していた土地でもあります。
そのため財力豊で経営手腕に長けた資本家のもと、時計のパーツごとに職人集団を組織し、それぞれが特化した仕事を行う分業システムを確立していきます。これが前述したエタブリスールです。
こういった時代背景の中で、エボーシュ工場(半完成品のムーブメントを製造する職人集団)も誕生することとなりました。
つまりこの歴史は、「自社製ムーブメント」よりも「汎用ムーブメント」の方がスイス伝統製法としては主流であり、「当たり前」であったことを示唆しています。
ではなぜ自社製ムーブメントとの対立構造が誕生したのでしょうか。
この構造を誘発した要因は大きく分けて二つあります。
一つには、冒頭でもご紹介したように「高級時計市場の円熟」が挙げられます。これに伴い、消費者の造詣は深まり、価値観が多様化することとなりました。
高級時計の価値は、「ブランド」「ルックス」に加えて「どういったムーブメントを使っているか」「どのようなスペックを有しているか」が試金石となったのです。
また、ムーブメント系譜の体系化も進んでおり、「ロレックス デイトナのムーブメントはかつてはエルプリメロがベースであった」「バルジュー7750(ETA7750)はオメガのスピードマスターやブライトリングのクロノマット等、多くの名作のベースとなった」などといった事実は今や多くの時計愛好家が知るところとなりました。
時計は精密機器である以上、「ムーブメントに価値を置く」ことは重要です。
エルプリメロやバルジュー7750といった歴史的な汎用ムーブメントを用いる時計の価値は、近年ますます高まっており、ブランド側もそれを隠そうとしていません。
反面「自社製ムーブメント」「マニュファクチュール」を謳うブランドは、「ムーブメント製造ができるほどの高度な技術力を持つ」といった意味合いのプロモーションを行います。また、自社製ムーブメントを価値あるものとし、実際に高価格帯ラインに組み込むことで、その価値を強固なものにしようとしています(もちろん自社製ムーブメントの製造は誰もができることではないし、コストもそれなりにかかるため多くのマニュファクチュールブランドは適正価格で提供していると言えます)。
ただし、中には量産型のエボーシュに多少のアレンジを加えただけで「マニュファクチュール」として打ち出すブランドも出てきました。
こういった背景から、自社製ムーブメントにこそ価値があり、上記名のあるエボーシュを除く汎用ムーブメントは「安価」「高級機向けではない」などと軽んじる向きが出てくるようになりました。
しかしながらこの「自社製ムーブメント」という概念、もともとはエタブリスールが主流であった時計業界に、いつ頃から根付き始めたのでしょうか。
この問いに対する答えが、汎用ムーブメントVS自社製ムーブメントという対立構造を生み出した要因の二つ目です。
それは、「ETA2010年問題」です。
出典:https://www.calibre11.com/history-eta-7750-tag-heuer-calibre-16/
先ほどから何度かご紹介しているETA。
ETAは1926年に結成されたエボーシュ製造グループです。エテルナやヴィーナス,ユニタス,プゾーなどといった名門が参画しました。
後述しますが、このグループはスイス時計業界に多大な影響を与えていくこととなります。なぜなら多くのスイス時計メーカーがETAのムーブメントをベースに用いることで、機械式時計の普及を促進したためです。ちなみに2000年を迎えた頃には、スイスの汎用ムーブメントの75%ほどがETA製だったと言うのだから影響力の高さが伺い知れますね。
1969年にセイコーがクォーツ時計「アストロン」を発売したことで、いわゆるクォーツショックが起こりました。
多くの伝統的な機械式時計メーカーは存続の危機に瀕します。
そこでETAはオメガやロンジンと合併し、「スウォッチ」というブランドを発売しました。今でもスウォッチと言えば、リーズナブルに様々なデザインの時計を楽しめるカジュアルブランドとして人気ですね。
この合併企業群が1998年になり、スウォッチグループに名前を変え、リシュモンやLVMHと並ぶコングロマリットへと変遷していきます。現在はオメガ,ロンジン,ブレゲ,ハリーウィンストンと言った、名だたる人気ブランドが同グループの傘下に加わっています。
そんなスウォッチグループが、2002年、唐突に「スウォッチグループ以外のブランドへのエボーシュ販売停止」を発表します。今後段階的に供給を低減し、2010年には完全にストップする、と。
「唐突」とは言え、もともとスウォッチグループ側にはその腹積もりがあったのでしょう。
なぜグループ外に技術提供しなくてはならないのか?という不満に加えて、当時からあった「ETAを軽んじる風潮」-すなわち「販売価格が安すぎる」ことを疑問視していました。
こういったスウォッチグループ側の真意に関わらず、「ETA2010年問題」によってスイス時計業界は上へ下への大騒ぎに発展しました。
なぜなら前述の通り、パテックフィリップやロレックス,ジャガールクルトと言った一部のマニュファクチュールメーカーを除き、ほとんどのブランドがETA製エボーシュに頼り切っていたためです。
この騒動にはスイス連邦競争政策委員会(COMCO)が出張ってきました。
ETAはエボーシュメーカーの一つと言うには、あまりに存在感や影響力が大きすぎたためです。繰り返しの調停によって、この供給停止は2020年まで延長されることとなりました。
この間、手をこまねいていたばかりではない時計業界。
あるブランドはETAのジェネリックムーブメントとして名高かったセリタ社のエボーシュを仕入れるようになりました。
また、高級時計ブランドの多くはムーブメントの自社製造に力を入れ、開発競争へと繋がっていくこととなります。
この流れは、自社製ムーブメントの高性能化や、新機構の開発を誘起する、時計業界にとって大変意義深いものとなりました。
一方で各ブランドが「自社製ムーブメント」を特別視し、だんだんと「自社製ムーブメントにこそ価値あり」といった風潮を生み出していったことも事実です。
③汎用ムーブメントと自社製ムーブメント、買うならどっち?
前項でご紹介したように、時計業界の中では「自社製ムーブメント」の価値および価格が高まり続けることとなりました。
「せっかく高級時計を買うのだから、自社製ムーブメントのモデルを買いたい」といった声も耳にします。
しかしながら、汎用ムーブメントには、自社製ムーブメントのようなステータスは存在しないのでしょうか。そもそも汎用ムーブメントの魅力とは、価格面に留まるものなのでしょうか。
もちろん答えはNO。
汎用ムーブメントにも自社製ムーブメントにも、それぞれで一長一短が存在します。
当店GINZA RASINで、「汎用ムーブメントと自社製ムーブメント、買うならどっち?」というアンケートを50人を対象に取りました。結果はこちら。
若干自社製ムーブメントが多いものの、ほぼ半々であることがお分かり頂けるでしょう。
つまり、どちらがいいかは「人に拠る」ということ!
大切なのは、ご自身がどちらに価値を起き、どういった時計を求めているか。
ご自身の価値観にマッチした一本を手に入れるためにも、汎用ムーブメント・自社製ムーブメントそれぞれの魅力をしっておきましょう。
次項では、汎用ムーブメントおよび自社製ムーブメントのメリット・デメリットについてそれぞれ解説していきます。
汎用ムーブメントのメリット・デメリットを語りつくす
それではまず始めに、汎用ムーブメントのメリット・デメリットについてご紹介いたします。
なお、当店のメンテナンス部門のスタッフを中心に、メリット・デメリットを挙げてもらいました。
①メリット
汎用ムーブメントのメリットの調査結果はこちらです。
※複数回答
時計業界で評価する声としては、価格面よりもメンテナンスや性能面への評価が非常に多いことに驚かされました。
詳細をご紹介いたします。
メリット①性能が良い・安定している
まず、汎用ムーブメントの魅力と言えばこれでしょう。決して「安かろう悪かろう」等ではありません。
例えば現在よく出回るETAもセリタも、非常に長い歴史を持つムーブメント製造メーカーです。この二社以外では、カジュアル時計によく使われるミヨタなども有名ですね。ミヨタは歴史こそまだ30年ほどですが、もともとはシチズンの一部門。
こういったメーカーが製造するエボーシュは、長年培われてきたノウハウと最先端テクノロジーが発揮され、きわめて高い性能を有することとなります。
また、どんなブランドであっても、こういった有名なエボーシュをベースとすることである程度の性能が担保されるというのも嬉しいところ。これは信仰ブランドであったり、外装に力を入れるブランドなどでは重要な特性となります。
そもそも「ムーブメントコストを抑えること」は悪いことではありません。
各メーカーはムーブメントコストを抑えることで外装や装飾にお金をかけた見事な高級時計を良心的な価格で提供することができています。
また、「餅は餅屋」の至言の通り、ムーブメントメーカーはムーブメント製造のプロ。そのため量産品ゆえの安定性やある程度性能を担保してくれる安心感はメーカーにとっても消費者にとっても大変喜ばしいことです。
メリット②メンテナンス性が高い
今回、「性能面」とほぼ同率だったのが、メンテナンス性の高さです。
機械式時計は、ムーブメントのオーバーホール(分解洗浄)と言ったメンテナンスを定期的に行うことで、10年、20年、モノによっては50年、100年と末永く使い続けていけることが魅力の一つです。
これゆえに中古市場で売買が盛ん。なぜなら経年があっても修理やオーバーホールを施すことで、また現役復活させられることが機械式時計では前提になっているためです。
この前提に大きく貢献するのが汎用ムーブメントです。なぜなら汎用ムーブメントは前述したように様々な時計ブランドで採用されることとなります。こんな中で高級時計であればあるほど、使い捨てではなく、「末永く使える」ことが求められますね。
エボーシュメーカーではその点に力を入れ、メンテナンスしやすい合理的な設計の機械を作り上げることとなりました。つまり、量産しやすいことに加えて、メンテナンスもしやすいというわけです。
さらにエボーシュが広く出回ることで、メンテナンスノウハウも普及することとなります。
自社製ムーブメントの中には、メンテナンスが正規でしか受けられないという場合があります。
正規だとビックリするような価格がかかってしまったり、本国送りになって数か月帰ってこなかったりといった事例も存在します。時計を趣味で収集していて、予算もある程度かけられる…と言うのでもない限り、今後使い続けていくうえで毎回高額メンテナンス費用がかかってしまうのは考え物ですね。
ETAやセリタといった汎用ムーブメントであれば、民間の修理会社でもメンテナンスできることが多いです。パーツも互換性があり、特に「純正でなければ」といったこだわりがなければ、対応できる工房が少なくありません。
なお、これは中古市場で購入しやすいということも意味します。
と言うのも、中古時計はどうしてもメーカー保証期間が短くなっていたり切れてしまっていたりするもの。そもそも保証がない個体だって出回っています。
そんな時に民間修理工房で対応できる個体であれば、何かあった時の安心感が違いますね。
メリット③低価格
全てのエボーシュが低価格なわけではありません。
後述しますが、バルジューやフレデリックピゲ製など、高級エボーシュはそれ相応のお値段がします。
しかしながら量産可能なエボーシュの多くは低価格帯であることが大きな特徴です。
もちろん「安っぽく見せない」ことも汎用ムーブメントでは大切なこと。ETAなどは設計を徹底的に合理化することで生産時間やコストを抑えており、「高機能」なエボーシュを量産によって低価格で提供することを可能としました。つまり、安かろう悪かろうなどと言った概念とは対極にいる、ということです。
長年の企業努力の結晶と言っていいでしょう。
ちなみに、汎用ムーブメントはイニシャルコストが抑えられるだけでなく、前述したメンテナンスコストも低減させることが可能です。
メリット④時計業界への大きな功績
汎用ムーブメントは、「性能よし、メンテナンス性よし、価格はお手頃」な機械式時計を製造することができます。
これによって多くのブランドが機械式時計製造に参入し、消費者にとっても手に入れやすい製品が提供されることとなりました。
現代の機械式時計の円熟しかり、1950年代~1960年代の黄金時代しかり。
こういった機械式時計の発展は、汎用ムーブメントなくしてはありえませんでした。
汎用ムーブメントがあったことで、ブランド側も消費者側も機械式時計をより身近に感じ、「売れる魅力的な時計」が世に送り出されたことを意味します。
また、汎用ムーブメントの広まりによって民間修理業者も発展し、メンテナンスノウハウを培うところが増えたことも事実です。
メリット⑤実は名門エボーシュは多い
汎用ムーブメントを語る時に、しばしば「ステータス性に乏しい」と言った声が上がります。
しかしながら名門エボーシュメーカーや語るべき汎用ムーブメントは枚挙にいとまがありません。また、ブランド側も、高名なエボーシュについては積極的にアピールしています。
例えばゼニスが誇るエルプリメロ。
出典:https://www.zenith-watches.com/jp_jp/movements
ゼニスは今では時計ブランドとして高名ですが、他社へムーブメントを供給していた歴史としても深みがあります。ロレックスのデイトナやタグホイヤーのモンツァ,ルイヴィトンのタンブール等で用いられました。
エルプリメロは汎用ムーブメントで唯一36,000振動のハイビートであることが特徴です。この高精度に加えて0.1秒まで計測可能な高性能クロノグラフ機能を備えるとあって、きわめて高い評価を獲得しています。
エルプリメロの他では、ETA7750(バルジュー7750)もステータス性は抜群ですね。
オメガのスピードマスター オートマチックやブライトリングのオールドナビタイマー,チューダーのクロノタイム等に搭載されてきました。
バルジュー7750は1975年に誕生したにもかかわらず、今なお「クロノグラフの最高傑作」。
ETAに買収されたことでさらなる改良が加えられていますが基本設計は変わっておらず、「バルジュー搭載のモデルが欲しい!」と言ったコアな愛好家は少なくありません。
その他ではフレデリック・ピゲやジャガールクルト,ルノーエパピにラ・ジュウ・ペレ…
こういった名門エボーシュメーカー搭載モデルは、むしろステータスや高級感は抜群と言っていいでしょう。
②デメリット
こちらが、汎用ムーブメントのデメリットに関する調査結果です。
※複数回答
多かったデメリットの要因としては、まず「カスタマイズ性に乏しい」といことです。
前項で「各ブランドがエボーシュをベースにアレンジしている」旨をご紹介しましたが、汎用ムーブメントは基本設計は一緒です。
そのためインダイアルの位置や大きさ・厚み,耐久性やパワーリザーブ(だいたい汎用ムーブメントは48時間程度)と言った基本スペックはどうしても似通ってしまう傾向にあります。良く言うとベーシック,悪く言うと「似たり寄ったり」ということです。
もっとも、各社でモデファイすることでほぼオリジナルと言っていいようなムーブメントに仕上げていることは、繰り返し述べている通りです。ただし、「自社製ムーブメントが超耐磁性能を持ったパーツ開発,薄型化,パーツ低減による耐衝撃性向上等の開発に力を入れている背景を見ると、汎用ムーブメントは革新性に乏しい印象をぬぐえない」と言った声も上がりました。
出典:https://www.calibre11.com/
また、「特別感が薄い」といったコメントも多く頂きました。
「あるブランドとは全く関係のないブランドに同じ機械が使われている」というのはトリビアのようで面白くもありますが、いざ自分で買う段階になって、その二社で価格が数十万円の差があったら…?
もちろん外装や装飾にこだわることでコストが跳ね上がり、結果として高価格になるということは高級時計の世界では往々にしてあります。近年ではウブロやリシャールミルのように、新素材を用いることで独自性をアピールするブランドが増えてきましたが、こういった素材はステンレススティールに比べて高価となり、どうしても原価が上がってしまうのです。
そのため価格が適正ではないとは言い難いですが、それでもムーブメントにこだわるユーザーにとってみれば、価値比重が小さくなってしまうことは否めないでしょう。
一方で「特筆すべきデメリットはない」とする意見も一定数ありました。
自社製ムーブメントのメリット・デメリットを語りつくす
それでは次に、自社製ムーブメントのメリット・デメリットをご紹介いたします。
同じように、メンテナンス部門スタッフを中心に、当店で調査を行っております。
①メリット
以下が調査結果のグラフです。
※複数回答
メリット①高級感・ステータスを感じられる
何と言っても自社製ムーブメントの魅力と言えばこれでしょう。自社独自のノウハウと企業努力が詰まった、特別感をお楽しみ頂けます。
自社製ムーブメントと言った時、その解釈は様々なのですが、基本的にはムーブメントの設計からパーツづくりを一貫して行う生産スタイルを指します。そのためブランド側の「インダイアルはここにセッティングしよう」「厚みを抑えよう」と言った思惑を反映することができ、ひいては「このブランドでしかこのムーブメント搭載モデルは買えない」などの差別化に繋がります。
ブランド側も、自社製ムーブメントを製造できる技術力や特別感をアピールすることで、汎用ムーブメントとは異なる価値を提示してきました。
また、「高級時計がなぜ高いのかを考えた時に自分はまず自社製ムーブメントの開発コストだと思っています。各社毎にこだわりや性能が異なるので、どういう層に向けて売りたいのかが透けて見えるところも好きです」と言った声も上がっています。
メリット②ブランドの革新性を感じられる
第一項でもご説明したように、ETA2010年問題は時計業界に衝撃を与えただけでなく、自社製ムーブメントが百花繚乱入り乱れることとなりました。
各ブランドは他社や汎用ムーブメントとの差別化を図りましたが、それはプロモーションだけでなく、実際にムーブメントを進化させる試みにも繋がります。
事例をいくつか挙げると、まずは高度な薄型化。
2000年代のデカ厚ブームは今なお健在で、ボリューミーな時計も人気です。一方で「薄くて上品な時計」へのニーズも格段に高まっており、ドレスウォッチのみならずスポーツウォッチの薄型化が挑まれることとなりました。
汎用ムーブメントだと、ベースが決まってしまっているのでこの薄型化は至難の業です。スペックや装飾等はモデファイによって独自性を出すことができますが、厚みはどうしようもありません。
しかし、自社製なら可能とあって、「最薄記録」への挑戦が各ブランドで始まりました。
先鞭をつけたのはピアジェです。さらにブルガリがこれに続き、オクト フィニッシモで世界最薄を更新しました。
出典:https://monochrome-watches.com/bulgari-octo-finissimo-minute-repeater-in-sandblasted-rose-gold-introducing-price/
また、時計の天敵「磁気帯び」に対する解決策として、各社では耐磁性の高いヒゲゼンマイを開発していくようになりました。このヒゲゼンマイによってケースに厚みを出さずに磁気帯び対策を採ることが可能となります。
さらには機械式時計の機構そのものにも開発を加えたのが、ゼニスのオシレータです。
これは、一体式構造となったシリコン一枚でテンプやヒゲゼンマイ含む調速機構の役割を果たすという、驚くべき新機構。さらに15ヘルツの周波数で振動することで、機械式時計ではこれまで考えられなかったような高精度を実現しました。
このように、自社製ムーブメントは革新を続けており、今後も開発競争によってますます魅力的な名機が消費者を飽きさせないことが予想されます。
メリット③資産価値が高い傾向にある
基本的にムーブメントが「どこ製か」で資産価値は決まりません。
もちろん「メンテナンスしやすい」ということは中古市場においては大切な要素であり、資産価値にも関わります。しかしながら汎用ムーブメントであろうと自社製ムーブメントであろうと、メンテナンス性の良し悪しは「機械による」ところがあります(もっとも、汎用ムーブメントの方がメンテナンス性が高いものが多いです)。
資産価値は、ブランド力が大きい部分を占めます。そのブランドは市場で需要があるのか,その需要は長期的なものか,該当ブランドにステータス性はあるか…といったことです。
そして、マニュファクチュールで名を馳せるブランドの多くが、この資産価値が高い傾向にあります。なぜならマニュファクチュールとして培われてきた歴史のインパクトが強く、それ自体を魅力的に感じるユーザーが少なくないためです。
「名のあるマニュファクチュールブランド」というだけで、単純に商品価値として付与されるのです。
実際、パテックフィリップやジャガールクルト,ロレックスにグランドセイコーと言ったマニュファクチュールブランドは自社製ムーブメントに定評があり、そのまま高い資産価値に繋がっています。
さらにパテックフィリップ,ジャガールクルト等は「永久修理」を謳うことで、自社製品を「子々孫々まで愛用していける名機」であると印象づけています。これは、他サプライヤーに依存する汎用ムーブメント使用ブランドでは、なかなかできないことですね。
こういった自社製ムーブメントの姿勢が、資産価値を維持することに繋がっており、消費者は売却時に高い買取率で手放すことができることを示唆しています。
メリット④見た目が美しい
魅力①で語った高級感やステータス性にも通じる話ですが、自社製ムーブメントに一家言持つブランドの多くが、機械への装飾に並々ならぬこだわりを見せています。
その代表格がランゲ&ゾーネでしょう。今回のアンケートでも、「ランゲ&ゾーネだけは別格」と言った声を多く頂きました。
ランゲ&ゾーネは1845年、ドイツはグラスヒュッテで工房を始めたブランドです。
第二次世界大戦とその後のドイツ東西分裂の混乱の中で一度は市場からその名を消しますが、ベルリンの壁崩壊後、四代目当主ウォルター・ランゲ氏が再興を果たし、1994年には復活後初となる「ランゲ1」「サクソニア」「アーケード」「トゥールビヨン“プール・ル・メリット”」の4モデルを発表しました。
このランゲ&ゾーネ、「美しさ」にかけては並大抵ではないこだわりを見せます。それは外装にも言えることなのですが、普段はそこまで目立たないムーブメントも美しさを訴求し、ハイレベルな装飾を施しています。
出典:https://www.alange-soehne.com
パーツの一つひとつを丁寧に仕上げることはもちろん、伝統的に花柄模様のモチーフをエングレービング(彫刻)することで、唯一無二の名機を作り出しています。
ちなみに余談ですが、ランゲ&ゾーネは「完全マニュファクチュール」としても高名です。
ひとくちにマニュファクチュールと言っても、中には汎用ムーブメントを多少モデファイしただけでそうアピールするブランドも中にはあります。しかしながらランゲ&ゾーネはヒゲゼンマイを含むパーツ一つひとつを自社で設計・製造している、真のマニュファクチュール。
さらには「一つのモデルに一つのムーブメント」の信念があるため、それぞれ作りたい時計に合わせて自社製造していることでも知られています。
こういったムーブメントの外観へのこだわりは、やはりマニュファクチュールブランドならではでしょう。
美しさを誇る自社製ムーブメントの作り手としては、他にパテックフィリップやオーデマピゲ,ヴァシュロンコンスタンタン,ジャガールクルト,ジラールペルゴ,グラスヒュッテオリジナル,パルミジャーニ・フルーリエ等が挙げられました。
②デメリット
次に、デメリットについてご紹介いたします。調査結果はこちらです。
※複数回答
デメリットについては、ほとんどが「メンテナンス」にまつわるものでした。
と言うのも、自社製ムーブメントはメーカーの正規メンテナンスでしかオーバーホールや修理ができないケースが多々あるためです。
さらに言うと、正規メンテナンスは民間修理業者に比べて高額です。中には正規店以外での購入個体に対して、メンテナンスコストを高くする「並行差別」が行われていることも…これはメーカーにとっては当然とも言える措置でしょう。なぜなら並行輸入市場に流すよりも、正規店でエンドユーザーに購入してもらうのが重要であるためです。
とは言え定期的に必要なオーバーホールで数十万円かかってしまう…と言ったケースもあります。
また、自社製ムーブメントは凝った造りや装飾を楽しめるのも醍醐味ですが、反面パーツが手に入りづらく、本国送りになって修理に数か月の時間を要することも珍しくありません。
自社製ムーブメントは開発・製造コストの関係で販売価格が高くなりがち。それに加えてメンテナンスコストも…となると、誰もが気軽に購入できるというわけにはいきませんね。
「ブランドによって性能にばらつきがある」といった回答も非常に多かったです。
確かに歴史あるマニュファクチュールブランドであれば高性能な機械を多く輩出していますが、新興ブランドだとまだ使用実績がなく、モノによっては「性能に不安があった」と購入後に発覚するケースもあります。
なお、「マニュファクチュールブランドとして高名なところでも、新型ムーブメント、とりわけ初期ロットについては不安がある」といったメンテナンススタッフの声も上がりました。
もっとも、汎用ムーブメントであろうと自社製ムーブメントであろうと、こういったメリット・デメリットは機械に拠るところが大きいです。
例えばロレックスはマニュファクチュールブランドですが、性能の高さやメンテナンス性に優れていることは定評があります。
そのためこのデメリットは、全ての自社製ムーブメントに当てはまるわけではありません。
結論:汎用ムーブメントも自社製ムーブメントも好みの方を!
汎用ムーブメント・自社製ムーブメントのメリット・デメリットについてご紹介いたしました。
結論としては、どちらが優れているとかどちらが良いとかはありません。
繰り返しになりますが、大切なのはそれぞれの魅力を知ったうえで、好みやライフスタイルにマッチする方を選びたい、ということです。
初めて時計を買う方は、メンテナンス性が高く、比較的安価に買える「汎用ムーブメント」搭載モデルの方が向いているかもしれません。
一方で時計にこだわりがある、機械式時計が好きという方は、開発力のあるブランドしか作れない「自社製ムーブメント」の方が合うかもしれません
また、詳細な魅力―メンテナンス性や性能,美しさ等―は機械によって様々です。
知識としてそれぞれの魅力を把握しつつ、ご自分の現在のステージや時計に何を求めいているかによって、最高の一本を選びたいものですね。
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年