ブランパンという時計ブランドをご存じでしょうか?
パテックフィリップ・ヴァシュロンコンスタンタン・ブレゲ・ランゲ&ゾーネなど歴史あるブランドは沢山ありますが、現存する時計メーカーで最古なのはブランパンです。
機械式時計しか作らないブランドとしても知られており、その魅力を存分に引き出す時計製作を行うことで、多くの時計愛好家から愛されています。さらにクォーツショックにより一時休眠状態に入ったものの、機械式時計とともに復活した経緯など、数々の逸話をもったブランドでもあります。
今回は「ブランパン」の知られざる魅力と歴史を、ご紹介していきます。
出典:https://www.blancpain.com/ja/2358-3631-55b
目次
世界最古の高級時計ブランド「ブランパン」とは?
「ブランパン」1735年に創業された世界最古の時計ブランドとして知られています。機械式時計のみを製造する会社であり、機械式時計の魅力を活かした時計を数多く生み出しています
①沿革
「ブランパン」は1735年にスイスのヴィレルで創業された世界最古の時計ブランドです。1926年にいち早く自動巻きモデルの製品化を行い、1930年には自動巻きのレディースウォッチ「ロールス」を発表しました。
1953年に発表の自動巻きダイバーウォッチ「フィフティ・ファゾムス」や1956年発表の当時世界最小ムーブメントを搭載した「レディ・バード」など時計史に残るモデルを生み出してきました。
出典:https://www.facebook.com/Blancpain
しかし1970年代に起こった「クォーツショック」により、ブランパンは窮地に陥ることになります。
クォーツショックとは日本の時計メーカー「セイコー」が世界初のクォーツ腕時計を発表したことにより、時計の常識が大きく覆ってしまったこと。低コストで大量生産が可能、加えて精度も抜群というクォーツ時計の発表は機械式時計の存続を揺るがす事態を巻き起こし、多くのスイス時計ブランドがこの時期に倒産や休業の憂き目に遭いました。
この流れにブランパンも逆らうことはできず、10年余りの休眠を余儀なくされます。
このまま機械式時計とともに日の目を見ることはないと言われていたブランパンですが、1983年にジャン・クロード・ビバー氏とジャック・ピゲ氏が「ブランパン」を買収したことで復活を果たします。
ビバー氏はブランパン復活にあたって、機械式時計の魅力を活かした6種類の傑作機構「シックスマスターピース」を作り出すことで、ブランパンを見事に復活させました。
機械式時計の復権に成功したブランパンは1992年にスウォッチグループに加わり経営基盤を固めます。新生ブランパンは複雑機構の開発・新分野への進出を促進しており、プランパンがこれまでに作り上げたモデルの再解釈や新コレクションの展開にも積極的です。
②魅力
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ブランパンの魅力は、機械式時計しか作らないことを宣言し、伝統的な機械式時計にこだわっていることと言えるでしょう。それを体現したのが6つの傑作機構をそれぞれ搭載した時計「シックスマスターピース」です。
シックスマスターピースは次の6つの機構です。
・ウルトラスリム:通常のケースよりも薄い時計
・ムーンフェイズ:月の満ち欠け(月齢)表示機構を搭載した時計
・パーペチュアルカレンダー(永久カレンダー):うるう年に対応し、100年間手動での調整が不要な機構
・スプリットセコンドクロノグラフ:同時に2つの時間を計測できる機構
・トゥールビヨン:時計にかかる重力や姿勢差を均一にする機構
・ミニッツリピーター:時刻を音で伝え、暗闇でも時間の把握ができる機構
休眠状態にあったブランパンを立て直したビバー氏が、ブランパン復興の戦略としてこれらの機構の1つを搭載したモデルを1年ごとに世界に発表しました。
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シックスマスターピースのような複雑機構を搭載―しかも薄型のケースに―することは並大抵とは言えません。しかしながら、これらの難しい時計の製作を実現しました。ビバー氏はムーブメントの名門フレデリック・ピゲ社の人脈を有していたことも、この戦略の根幹を支えたのでしょう。
もっとも、休眠状態からの復活だったため職人の人数も少なく、その製作は容易でなかったことは想像に難くありません。
シックスマスターピースは、クォーツ時計に慣れてきた人々に、機械式時計の魅力を再度思い出させました。機械式時計にしか出せない洗練された美しさや、機能性の高さは、機械式時計の存在を忘れかけていた世界中の人々の心に突き刺さります。
さらに1991年には、6つの機構すべてを搭載した究極の複雑時計「1735」を発表します。
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1735とは、複雑機構を複数搭載した「超絶」コンプリケーションです。当時の時計界で最も複雑な機械式時計として生み出されました。さらに言うと1735によって、ブランパンは完全復活を遂げることとなります。
その理由は、1735が見事であったからに他なりません。
時計界の命運を担ったこのタイムピースは、「ミニッツリピーター・トゥールビヨン・パーぺチュアルカレンダー・ムーンフェイズカレンダー・スプリットセコンドクロノグラフ」を一つに収めたという究極の機械式時計。その類を見ない美しさは、クォーツに押され世界から見放されようとしていた機械式時計を再び日の目が当たる場所へと引き戻しました。
この生ける伝説とも呼べる1735は現在のブランパンにおいても強くリスペクトされており、最高級コクレクション「ル・ブラッシュ」においてインスピレーションの源とされています。
③興味深いこだわり
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「ブランパンは機械式時計しか作らない」と述べてきました。
このこだわりは現在の時計業界では稀有なことですが、実はその他にも、大変興味深い「こだわり」が見て取れます。
それは、「丸型の機械式時計しか作らない」というもの。
多くの時計ブランドが、トノーやオーバルなどのさまざまな形状の時計を作り出しているなか、ブランパンは伝統的でオーソドックスな丸型の時計しか作っていない非常に稀有なブランドです。
また、ブランパンのムーブメントはすべて自社生産のマニュファクチュールであり、徹底した機械式時計へのこだわりは現在も受け継がれています。これは、名門ムーブメントメーカー「フレデリック・ピゲ」と統合し、ノウハウを共有できたことも大きいでしょう。
既にご存知の諸氏も多いでしょうが、フレデリック・ピゲとは時計史に大きな軌跡を残した名門中の名門です。1835年の創業以来、オーデマピゲやパテックフィリップといった雲上ブランドのモデルに自社製品が搭載されてきた歴史を持ちます。
とりわけフレデリック・ピゲが1988年に発表した自動巻きCal.1185がなければ、現代クロノグラフはここまでの進化を果たさなかったでしょう。フレデリック・ピゲ社製Cal.1185はその優れた性能以上に、「薄さ」が何よりのアドバンテージでした。そのためブランパン以外にも、パネライやカルティエ,ブルガリといった高級クロノグラフモデルに搭載されることとなります。
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そんな名門のノウハウを吸収しているだけあり、ブランパンのムーブメントへのこだわりが薄いはずもありません。
その姿勢は、時計業界屈指の大規模なムーブメント開発チームを編成していることからも伺えます。
このチームやこだわりによってブランパンは、2006年トリプルバレルと8日間のパワーリザーブを備えたCal.13R0が誕生しました。
さらにそれ以降に開発した新作の自社製ムーブメントは35種類にものぼります。
そのなかには中国の伝統的な暦とグレゴリオ暦を組み合わせ、5年かけて研究・開発された「チャイニーズカレンダー」や、トゥールビヨンと同じく重力の影響を分散するカルーセル機構とムーンフェイズを同時に搭載した世界初の「ワン ミニット フライング カルーセル」などがあります。
④芸能人・有名人の愛用者
ブランパンはロレックスやオメガほどの知名度は持ちません。「知る人ぞ知る」「時計通が愛し続けている」といった立ち位置です。
しかしながらメディアに目を向けてみると、意外とブランパンユーザーって見かけます。
最も有名どころとしては、ロシアの大統領、ウラジーミル・プーチン氏。日露首脳会談やソチ・オリンピック閉会式でブランパンのレマンアクアラングやフライバッククロノを着用しています。
また、故マリリン・モンロー氏もブランパンユーザーを語るうえでは欠かせません。
マリリン・モンロー氏は、1950年代に活躍したポップスター。3番目の夫、劇作家のアーサー・ミラーからの贈り物がブランパンであったと考えられています。アールデコに着想を得た1930年代のモデルで、プラチナのケースに71個のラウンドカットダイヤと2個のマーキスカットダイヤがあしらわれています。
女性の機械式時計が存在していなかった時代に、いちはやく世界初の自動巻きレディースウォッチ「ロールス」と発表したブランパンと、自らの個性を活かし女性の新たな活躍の道を切り拓いたマリリン・モンローには、強い親和性があるといえるでしょう。
世界最古の高級時計ブランド「ブランパン」とは?
「ブランパン」での人気のシリーズは、ダイバーズウォッチの原型として知られる「フィフティ・ファゾムス」、クラシカルな「ヴィルレ」、「レマン」の3つがあります。
それぞれ詳しく見ていきましょう!
①フィフティ ファゾムス
ブランパンのフィフティ ファゾムスはブランドのなかでも最も有名なモデルです。
フィフティ ファゾムスとは1953年にフランス海軍の依頼により登場したダイバーズウォッチであり、これまでレディースウォッチやエレガンスさが目立つ時計を作り出していたイメージの強いブランパンは、フィフティ・ファゾムスで新境地を開拓しました。
ちなみにロレックスのサブマリーナは、公式での登場が1954年だったため、フィフティ ファゾムスこそがダイバーズウォッチの原型になったモデル言った声もあります。
名前の「ファゾム」は、シェイクスピアの戯曲から由来する長さの単位であり、1ファゾム=1.829mに相当しています。50ファゾムスは91.45mで1953年当時、スキューバで最も潜水できる深さでした。
開発者は、1950年代のCEOだったジャン・ジャック・フィスター。ダイビングを愛していた彼が、ダイビング中に潜水時間を忘れてしまったことによる命の危険を体験したことから誕生しました。
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フィフティファゾムスはダイバーズウォッチとして、当時から非常に完成されていました。耐圧性はもちろんのこと、ダイバーらにとって時計機能で最も気を付けるべき視認性にも優れています。夜光塗料がインデックスや針、ベゼルにしっかりと塗布されていることで、太陽光の指さない水中でも時刻やダイビングタイムを視認することができるでしょう。
こういったプロスペックなフィフティファゾムスは、フランスを始めアメリカやドイツ、デンマークなどの海軍や学術調査に採用されました。また高名なダイバーであるジャック・イヴ・クストー氏がドキュメンタリー映画「沈黙の世界」で着用したことにより、知名度をあげました。
フィフティファゾムスは1980年代にジャン・ジャック・フィスターの退任とともに姿を消しますが、1997年にジャン・クロード・ビバー氏によって「トリロジーコレクション」として再登場!2007年本格的なコレクションへと復活しました。
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なお、現行フィフティ ファゾムスの魅力もまた、枚挙にいとまがありません。その一つが、現代ダイバーズウォッチの原型となった多数の機能面です。
とりわけロック機構付きの回転ベゼルや耐磁性を他の時計よりも先駆けて搭載したことは特筆すべき点です。また、リューズ部分は水の侵入経路として非常に一般的です。そこでブランパンはフィフティ ファゾムスのリューズチューブに二重リングを搭載しました。これによってリューズが引き出された状態でも防水機能が担保されるため、ダイバーズウォッチとしてもデイリーユースとしても安心の一本と言えるでしょう。
なお、現行フィフティ ファゾムスのラインナップには「オートマチック」「フライバック・クロノグラフ」等、機能やスペックによっていくつかの種類がありますが、最も有名どころは「バチスカーフ」です。
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バチスカーフは、フィフティ ファゾムスのバリエーションモデルとして1956年に登場しました。開発者のフィスター氏は、ダイビングウォッチではなく、スポーツアクティビティに利用できる立ち位置としてバチスカーフを生み出しました。
そのため登場時のバチスカーフのケースサイズは、37mmと小ぶりなサイズが特徴となります。
後年、ブランパンの復活劇の中でフィフティ・ファゾムスもまたリバイバル成功を遂げたことで、2013年にバチスカーフも再び市場に復権することとなりました。
新たに登場したバチスカーフは、「高耐磁」と「薄型ケース」を両立していることが何よりの特徴です。
これはケースではなく、ムーブメントに高耐磁性能を持つCal.1315を搭載することで、ケースの厚みを15.5mmから13.4mmへと縮小するに至りました。さらにセラミックス素材のベゼルを搭載するなど、初代のデザインを踏襲しながらも最新の機能を搭載しています。
②ヴィルレ
1980年代初めに登場したヴィルレは、ブランパンの最もクラシックなドレスウォッチです。ヴィルレの名前は、ブランパンが創業した村の名前から来ており、ブランパンの伝統と培ってきたエレガンスさを持ったクラシカルなシリーズとなっております。
ヴィルレの特徴は、スレンダーなダブルステップ・ケースとセージの葉を模した時計の針、そしてシンプルな文字盤です。創業当時のベーシックなデザインを象徴しており、無駄の無い輪郭、そして端正な表情、滑らかな素材感などシンプルな洗練さを追求したこだわりが表現されいてますね。
長い歴史の中でいくつかのバリエーションが追加されましたが、そのいずれもドレッシーな超薄型ウォッチのアイデンティティを持っており、「ワンランク上の時計が欲しい」「40代・50代・60代と年を重ねていく中で愛用し続けていける時計が欲しい」といった時計通から支持されてきました。
なお、ヴィルレ2020年最新作では、ヴィルレウルトラスリム Ref.6224が堂々リリースされました。これは、直径38mm×厚さわずか8.35mmのケースに100時間ものパワーリザーブ機能を備えたムーブメントCal.1150を搭載しています。
ちょっと驚くべき機能ですよね。パワーリザーブ延長の方法はいくつかありますが、どうしてもムーブメント径や厚みが出てしまいがち。しかしながら上記のケースに収めたことはブランパンのきわめて高い時計製造技術を示唆していますね。
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この薄さの秘訣はCal.1150にあります。Cal.1150では2つの香箱と最新のヒゲゼンマイを採用することによって100時間のパワーリザーブを実現しています。40~48時間が一般的なパワーリザーブであることを鑑みれば、2倍以上という機能性を獲得したことがおわかり頂けるでしょう。もっとも、現在はどのブランドもロングパワーリザーブに関しては目を見張るものがありますが…
ちなみに文字盤にはエナメルを高温で何度も焼き上げるグラン・フー・エナメルの手法が使われており、独特のなめらかで上品な仕上がりになっています。
ダブルステップのケースやリーフ針など、伝統的なヴィルレの意匠を引き継ぎながらも、最新鋭の機能が付加された最高の薄型ウォッチとして完成されています。
③レマン
最後にご紹介するのは、前述したプーチン大統領も愛用している「レマン」です。
レマンは現行品ではありませんが、ブランパン愛好家にとっては特別とも言えるモデル。中古市場で非常に根強い人気を誇っており、当店でもお問合せをしばしば頂くのですが、生産終了品の宿命かいつも在庫があるとは限らないのが口惜しいところ。
レマンはレマン湖から名前をちなむコレクションです。英名ではジュネーブ湖と言われますね。周囲にはジュネーブやラ・ショー・ド・フォン等、時計の聖地が各所に臨めます。
二段構えとなったダブルベゼルはややヴィルレより太く、ラグもしっかりと固定されています。ケース径はモデルによりますが、メンズでは38mmが主流となります。
しかしながらレマンを象徴するのはデザインよりも、その機能性にあります。
なぜなら出自からして機能性にこだわっていたため。レマンは、1994年に21世紀のスポーツモデルの新機軸として発表した「2100シリーズ」からその歴史に幕を開けています。
2100シリーズはレマンの原点であり頂点。発表当時から既に「100時間パワーリザーブ」が提唱されており、当時現在のようなロングパワーリザーブの概念がなかったことを鑑みれば、その技術力と先見性に驚かされるのではないでしょうか(もっとも、以降のRef.2100系全てが100時間パワーリザーブを有しているわけではありません)。
ちなみに発表当時は「クリスタル」というモデル名でしたが、後に「レマン」の名前があてがわれ、1990年代~2000年代の「高級スポーツウォッチ市場」を牽引していくこととなりました。
「レマン」に改名された後、様々なモデルがリリースされます。
そのバリエーションは多岐にわたっており、シンプルウォッチはもちろん、コンプリケーションやフライバック・クロノグラフ等、ブランパンのお家芸である「高度な製造技術を要するムーブメント」搭載モデルもよく売れてきました。
※中でもとても人気が高いトリプルカレンダーとムーンフェイズを搭載したのがこちらのコンプリケーションモデル Ref.2763-3618A-53B。ローズゴールドケースはラグジュアリーであるにもかかわらず60万~80万円という比較的リーズナブルな価格で購入できる、お得感の高い一本。
比較的まだ中古市場に出回っているので、お気に入りのレマンを探してみるのも面白いかもしれませんね。
まとめ
ブランパンの歴史や特徴、魅力についてご紹介しました。
ブランパンは最古の時計ブランドであり、機械式時計と真摯に向き合い続けています。クォーツショックによる休眠もありましたが、機械式時計の魅力を再定義することで見事に復活を遂げました。ブランパン自身のブランド復興だけでなく、機械式時計にも再び光をあてたことで、時計愛好家から高い評価を集めているブランドです。
現在でも新たな分野や複雑機構の開発を進めており、さらなる進化と発展に時計ファンの注目を集めており、今後の活躍から目が離せませんね。
この記事の締めくくりとして、最後にビバー氏がブランパンの再建時に建てた有名なスローガンを送ります。
「ブランパンはクォーツ時計を作った事がなく、これからも作りません」
当記事の監修者
田中拓郎(たなか たくろう)
高級時計専門店GINZA RASIN 取締役 兼 経営企画管理本部長
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチコーディネーター
当サイトの管理者。GINZA RASINのWEB、システム系全般を担当。スイスジュネーブで行われる腕時計見本市の取材なども担当している。好きなブランドはブレゲ、ランゲ&ゾーネ。時計業界歴12年