「気づいたら時間が遅れてる」「ずっと腕に着けている・またはワンディングマシーンにセットしているのにゼンマイが巻き上がらない」
買ってすぐにもかかわらず、上記のようなトラブルに遭遇したと言うご相談をしばしば受けます。
「故障かな?」「不良品だった?」と不安になってしまうものですが、この時、単純な「ゼンマイの巻き上げ不足」であることが少なくありません。
しかしながら自動巻きとは、腕に着けていればローターが勝手にゼンマイを巻き上げてくれるものではなかったのでしょうか?
また、なぜ巻き上げ不足によって時間が遅れてしまうのでしょうか?
本当に故障ではないのでしょうか?
この記事では、自動巻き時計にありがちなトラブル「巻き上げ不足」について解説致します。
目次
自動巻き時計の時間が遅れる・止まる。故障や不良品の可能性は?
自動巻き時計の時間が遅れてしまったり、腕に着けて生活しているのにすぐに止まってしまったりする事例。冒頭で「巻き上げ不足」を指摘しましたが、本当に故障ではないのでしょうか。
確かに、故障の可能性はあります。
よくある故障例としては、内部の潤滑油が切れてしまい、ローターによる巻き上げが重くなってしまった。また、ホコリなどの異物が入ってしまった。
その他にはゼンマイが切れていたり、リバーシング(切替車)が摩耗してしまっていたりといったものが挙げられます。
※ローター…ムーブメントを裏蓋側から見た時に最前列にくる、半円形の比較的大きいパーツ。この回転によってゼンマイが巻き上げられる
※リバーシング…ローターの回転をゼンマイに伝える仲立ちパーツの一つ。もっとも、ここが破損しているとリューズ巻き上げの際にローターも回る等、症状がわかりやすい
こういった事例は、ある程度の年数使われた個体に起こることが多いです。
定期的なオーバーホールを行うことで防げるトラブルと言えるでしょう。
なお、きちんとした時計専門店では、新品・中古ともにしっかりとした検品を行います。そのため、上記のようなトラブルを抱えたまま販売されていることはそう多くはありません。
どのような検品が行われるのかと言うと、まず、自動巻きは業務用のワインディングマシーンをかけて巻き上げチェックを行います。その後、ウィッチ(またはタイムグラファー)と呼ばれる精度計測器で精度に問題ないことが確認されます。
中古は内部のムーブメントを点検し、油の汚れや乾きがないか。パーツに破損がないかなどを確認します。この時、オーバーホールの必要があればこれを行います。
さらに、外装のチェックがここに加わります。
こういった厳格な検品後に店頭に出されているため、購入時点での「時計が遅れる・止まる」は、後述する巻き上げ不足であることがほとんどです。
では、自動巻き時計の「巻き上げ不足」について、次項で解説いたします。
自動巻き時計の遅れ・止まりの原因「巻き上げ不足」とは?
自動巻き時計の「巻き上げ不足」とは、文字通りゼンマイが十分に巻き上がっていない状態を指します。
この状態によって引き起こされる事態は、「時間が遅れる」と「すぐに時計が止まる」です。「時計が止まる」は理解できますが、なぜ時間が遅れてしまうのでしょうか。
これは同じくゼンマイで動くチョロQ等を例にするとわかりやすいかと思いますが、ゼンマイはほどけるについれてトルク(力)が弱まっていくこととなります。チョロQも、最初は勢いよく飛び出すものの、最後は減速して止まりますよね。
機械式時計も同じように、ゼンマイがほどけるにつれてトルクが弱まり、安定した精度を出しづらくなっていくのです。これが、遅れの原因となります。そして巻き上げが足りなければ、実際のパワーリザーブよりも早く止まってしまうことは容易に想像ができますね。
※もっとも機械式時計は非常に繊細。多くのパーツで緻密な設計が取られているため、温度や姿勢差によっても精度を変えてくる場合があります。
では、なぜ巻き上げ不足が起こってしまうのでしょうか。「毎日腕に着けているのに巻き上がらない」と、不安になってしまうものですよね。
しかしながら、自動巻き時計は着用中の運動量が少なかったり、着用時間が短かったりすると、上手にゼンマイが巻き上がりません。
もちろん近年の時計製造テクノロジーは格段に向上しており、巻き上げ効率は大きく上昇しています。とは言え「一日10時間程度の着用」が一般的に安定した精度を出せる、着用時間の目安。通勤の時だけ着用して、社内では外していたり、あるいはデスクワークがメインであまり動かなかったりする場合、上手に巻き上げられていないケースが見受けられます。
さらに、「ワインディングマシーンにセットして常時回しているのに、うまく巻き上がらない」といったお問合せも頂くことがあります。
この原因として最初に考えられることは、巻き上げ方向が間違っている、というものです。
自動巻き時計のローター回転方向には、「右方向巻き・左方向巻き・両方向巻き」の三種が存在します。ローターが左右どちらの回転でもゼンマイを巻き上げられる「両方向巻き」が現在の主流ですが、左右どちらかの回転でのみ巻き上げられる「片方向巻き上げ」も存在します。
両方向巻きはローター回転時に発生しがちな振動が少なく、また腕を大きく振ることでよく巻き上がります。片方向巻き上げはローターの振動が大きくなりがちなのですが巻き上げ効率が良く、デスクワーク中心の方でもゼンマイが巻き上げられるというメリットを持ちます。
後者の片方向巻き上げは、ワインディングマシーンで正しい回転を行わなくては、当然意味をなさなくなってしまいます。そのため現在市販されているワインディングマシーンには反回転・交互回転・正回転の設定機能が搭載されており、適切な回転を与えてあげる必要があります。
お持ちの時計の巻き上げ方向がわからない方は、下記の記事をご覧くださいませ。
ただし、「正しい方向にワインディングマシーンを回転させているのに、上手に巻き上がらない」といったお問合せもまた多いものです。
もちろん機種にもよりますが、実は一般ユーザー向けのワインディングマシーンは、しっかりと巻き上げできる個体はそう多くはありません。あくまで「今の巻き上げを維持する」程度で、「ゼンマイをしっかり巻き上げる」ものではないのです。
そのため、次項で解説するように、「巻き上げが足りない」と感じた時はリューズを使って手で巻き上げる必要があります。
自動巻き時計はリューズを使って巻き上げよう!そのやり方と注意点
「そんなに長時間着用していない」「すぐに時計が遅れたり止まったりしてしまう」そういった方は、ぜひリューズを使ってゼンマイを巻き上げであげましょう。だいたい30~50回程度、リューズを手で巻き上げることで、ゼンマイはほぼ巻き上がることとなります。
気を付けたい注意点が、あまり強く巻かないこと。そして巻きすぎない、ということです。
手巻き時計は必ずゼンマイに「巻き止まり」がありますが、自動巻きはローターを使って巻き上がりを行うため、もし巻きどまりを設けていると完全に巻ききっている状態でも負荷がかかり、ゼンマイが切れてしまうこととなります。これは、手巻き時計が巻きすぎてはいけないと言われる大きな理由です。
そこで自動巻き時計用のゼンマイには、「スリップ」のための工夫が設けられています。
※自動巻き式のゼンマイの先端と香箱
上の画像のようにゼンマイの先端を二股にすることで完全に巻き上げられたとしてもそこで止まらず、スリップさせてゼンマイ切れを防いでいるのです。そのため自動巻きは一定数以上巻き上げると、ゼンマイがスリップする僅かな音が聞こえてくるでしょう。
ただし、繰り返しスリップさせることは得策ではありません。頻繁に行うことでスリップ部分に負荷がかかり、劣化が早くなってしまうためです。前述したように、使う際に30~50回程度優しく巻き上げるにとどめましょう。
なお、リューズを使って出て巻く時、ローターも一緒に回ったらそれは故障している可能性がきわめて高くなります。そちらのチェックもたまにしておきたいですね。
その他の注意点としては、リューズの位置を確認することです。ゼンマイを巻こうと誤って1段引きまたは2段引きでリューズ操作をしてしまい、カレンダーの操作禁止時間帯に抵触したデイト変更を行ってしまったり、逆回ししてしまったりすると故障を誘発する可能性があります。
また、最近では防水性の高いモデルが多く出回っていますが、ねじ込み式リューズの場合は巻き上げを行った際は、必ず最後にねじ込みを忘れないようにしましょう。ねじを外した状態にしておくと、そこから水や湿気,ホコリが入ってしまい、やはり故障の原因となります。
まとめ
自動巻き時計の「巻き上げ不足」について解説いたしました!
「あれ?なんか時間が遅れてる…」「すぐに時計が止まってしまう…」そんなトラブルで悩んだ時は、ぜひお使い頂く際にご自身でリューズを使って優しく巻き上げてみてください。ワインディングマシーンにかける前にも行うと、フル巻きの安定した状態を維持できることでしょう。
ただし、「リューズで巻き上げを行っているのに精度が狂う」「以前にはなかった異音がする」「リューズの巻き上げの感触がおかしい」など、変だな?と思うことがあれば、必ず購入店に相談することをお勧め致します。
大切な機械式時計。上手に付き合って、末永く愛用していきたいものですね。
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年
タグ:腕時計メンテナンス