暗所でも時刻を確認できるための腕時計の機能が、針やインデックスに塗布された夜光です。スポーツウォッチを中心に広く使われているこの夜光は、腕時計の機能の一つとしてとてもポピュラーですね。
さっそく購入した腕時計を暗闇で確認してみたら、夜光が光らない・・・そんなご経験はありませんか?
それは劣化ではなく、光エネルギー不足の可能性が高いです!
この記事では、腕時計の夜光(蓄光塗料)が光る仕組みと、光らない時に試してみたいことを解説いたします。
出典:https://www.rolex.com/ja
目次
腕時計の夜光の種類と変遷
ひとくちに腕時計の夜光と言っても、いくつかの種類に分けられます。
分け方も色々ですが、性質で「蓄光」と「自発光」に二分できるでしょう。その名の通り、蓄光は「光を蓄積して発光する」塗料で、自発光は光の蓄積などといった外的要因ではなく、塗料の物質そのものの発光性質によって光る種類の塗料です。
現在製造されている多くの腕時計の夜光は、蓄光塗料です。そして、このほとんどがルミノーバまたはスーパールミノバ(N夜光)でしょう。
ルミノーバ・スーパールミノバは1993年に日本の根本特殊化学が開発した蓄光塗料です。ちなみにスーパールミノバはルミノーバよりも発光量が大きく、強い光を放ちます。また、ロレックスでは2010年頃から、ブルーに発光し、かつルミノーバの約2倍の発光時間をキープするクロマライトが独自開発され、今に至るまで使われきました。
色々な呼び名がありますが、これらは蓄光塗料の分類となります。
もっとも、ルミノーバ開発以前は自発光塗料が腕時計の夜光として用いられていました。代表的な自発光塗料はラジウムとトリチウムです。
腕時計はもともと、軍用として発達してきた歴史があります。夜光もしかり。暗闇での任務が多い軍事下で、標準時刻を共有するため、1900年代初頭という早い段階からラジウム夜光塗料が腕時計の文字盤に使われてきました。
しかしながらラジウムは放射性物質で、安全面でリスクを内包していました。実際に1910年代~1920年代にかけて、アメリカの時計工場で文字盤にラジウム由来の夜光を塗布する作業に従事していた女性工員らが、健康被害に見舞われる事件が起こったことはご存知の方も多いでしょう。いわゆるラジウム・ガールズと呼ばれる、事件発覚から訴訟までの一連のショッキングな出来事ですね。
放射性物質の安全性がじょじょに明らかになったことで1960年代にはラジウムの使用が制限されるようになります。代わって放射性物質ではあるものの、ラジウムよりも放射線量が低いトリチウム夜光が海外製品では広く用いられるようになりました。なお、同時期日本では前述した根本特殊化学が、やはり危険性の低い放射性物質プロメチウム化合物を利用したN発光を開発し、シェアを占めます。
※針・インデックスに使われたトリチウムが使われたロレックス。オールトリチウムなどと称する
これら放射性物質を利用した自発光の夜光塗料は、ルミノーバの開発によってじょじょに使われなくなってきます。
ただし腕時計の夜光としてのトリチウムに危険性はありません。腕時計に使われる程度のトリチウム夜光は人体に影響を及ぼすような量ではなく、そもそもトリチウムのベータ線の飛距離は短いため風防や人体を貫通できないのです。ちなみに現在でも、ボールウォッチやルミノックスではトリチウムガスをチューブに密閉したガスライト夜光が用いられています。
しかしながら環境面への配慮、そしてトリチウムを始めとした放射性物質は崩壊によって発光するベータ線を放射し続けており、いずれ光らなくなることなどから、腕時計の夜光は前述した蓄光塗料へと変遷していきました。
実際、トリチウムが使われていた1960年代~2000年頃までの腕時計は、ほとんどが経年で発光しない・あるいは発光が微弱になっています(後年ルミノーバに交換されているケースなどは別ですが)。
なお、完全に余談ですが、ロレックスではトリチウムとルミノバの転換期にあたる型番は、前者が高い価値を持つ傾向にあります。ヴィンテージまたはポストヴィンテージと呼ばれる時代のロレックスは、「パーツ交換がされていないオリジナルの個体」が価値を持つためです。
もっともロレックスに限らず、トリチウム夜光を好む愛好家は少なくありません。トリチウムは光らなくなるだけでなく、経年によって変色したりヒビが入ったりするのですが、これが逆に「ヴィンテージらしい良い風合い」を保っているのです。
近年はルミノーバ・スーパールミノバも多彩となり、あえてトリチウムのヤケを再現したようなカラーにするブランドも結構あるほどです。
腕時計の夜光(蓄光塗料)が光る仕組み
出典:https://www.panerai.com/jp/ja/home.html
前項でも言及していますが、蓄光塗料は光を蓄えることで発光します。
この仕組みをもう少し詳しく解説すると、蓄光塗料には蓄光顔料という物質が含まれています。この蓄光顔料は、光エネルギーを吸収することで励起(れいき)状態となります。励起状態は簡単に言うと、余分なエネルギーが加わることで物質が不安定となった状態。蓄光顔料は安定した基底状態に戻ろうとしますが、この戻ろうとしている時に余分なエネルギーを放出し、発光します。これが、夜光(蓄光塗料)の光る仕組みです。
また、蓄光顔料は光を受ける度に吸収・放出を繰り返していきます。光を当て続けていなくても蓄えた光エネルギー分は放出し発光を続けるため、腕時計の夜光は夜間でも真価を発揮し続けるのです。
光にも種類があるため、どんな光でも当てれば蓄光塗料は光る・・・というわけではありません。蓄光顔料を励起させやすい励起波長の光が良いとされ、これは紫外線が最も適しています。
なお、この腕時計の夜光は、燐光(りんこう)と呼ばれる発光現象です。
蛍光と混同されることもありますが、燐光は光エネルギーが供給されていない時でも長い時間をかけて放出、すなわち発光することに対し、蛍光は光エネルギーをすぐに放出します。つまり、蛍光は光が当たらなくなると発光しなくなるということです。
メカニズムとしては同じですが、異なる性質ということは覚えておきたいですね。
腕時計の夜光(蓄光塗料)が光らない時に試してみてほしいこと
ここまでで腕時計の夜光の種類や仕組みについてご紹介してきました。
つまり腕時計の夜光が光らない、あるいは光が弱いと感じた場合、「光エネルギーが蓄えられていない可能性」が大きいということ!特に購入したばかりの腕時計や、ずっとケースに保管していた腕時計は光に当たらず、発光を確認できないかもしれません。
そんな時は明るい場所や日中の使用で、太陽光を蓄えましょう。ちなみに屋内の蛍光灯でも光エネルギーは蓄積されますが、前述の通り励起波長は最も紫外線が適しているため、太陽光よりかは時間がかかるかもしれません。ただし直射日光にさらしたままにするのは、腕時計自体の劣化を招くため、絶対にやめましょう!
ルミノーバ・スーパールミノバ・クロマライトはトリチウムと異なり熱や水に強く、メンテナンス不要で長寿命です。一方で腕時計はスポーツウォッチであっても繊細。特に水は大敵です。適切な取り扱いを心がけたいですね。
なお、年式の古い腕時計のトリチウム夜光が光らない場合は、経年が考えられます。
トリチウムとルミノーバの見分け方としては、ブラックライトを当てる手法がポピュラーです。ブラックライトを夜光に当てるとルミノーバは強い光を発することに対し、トリチウムはポツポツと一部のみが発光する現象が見受けられます。ただし、これはトリチウムが完全に崩壊していない場合であり、年式によってはポツポツが見られない個体もあります。
また、ヤケの有無や文字盤に「 T SWISS-T<25 」や「 T SWISS T 」(Tがトリチウムを表しています)が表記されているかどうかも見分ける一つの手法ですが、これは後年に塗り直しや交換の可能性もあるので、一番良いのは購入店に問い合わせることです。しっかりした専門店であればきちんと回答してくれるので、気軽に聞いてみましょう!
まとめ
腕時計の夜光について解説いたしました!
文中でも述べているように、現行の多くが蓄光塗料を夜光として用いています。そのためお使いになるタイミングでは、夜光が十分に光エネルギーを蓄えておらず、発光しない場合も。そんな時は、明るい場所で光を十分に当てるようにしてみて下さい。ただし直射日光は厳禁です。
正しい取り扱いで、お気に入りの腕時計を末永く愛用していきましょう!
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年