現在セイコーには様々なブランドが存在しますが、よくわかりにくいという声がある事も事実です。例を挙げると「グランドセイコー」と「キングセイコー」は一般の人から「違いがよくわからない」という声が聞かれます。同じセイコーであって両者の違いは何なのか、歴史を含めて詳しく解説していきます。
目次
キングセイコーとグランドセイコーの違い
キングセイコーとグランドセイコーにおける一番の違いは発祥となった工場が違う事です。
グランドセイコーは「諏訪精工舎」で1960年に誕生しました。またコンセプトも異なります。以下に詳しく紹介していきます。
ブランドコンセプトが違う
そもそもグランドセイコーはセイコーの中でも最上位と位置付けられる、コンセプトが違うブランドです。
まず、グランドセイコーはマニュファクチュールブランドです。ムーブメントをはじめ時計の全てを内製化しています。
それに対して、キングセイコーで使用されているムーブメントは、マニュファクチュールではあるものの、グランドセイコーとは異なるムーブメントを使用しています。
つまりグランドセイコーとキングセイコーに関しては、同じグループ内(セイコーグループ)でも使用するムーブメントが異なり、それぞれ違うブランドコンセプトのもとで製造されている事が特徴です。
セイコーブランドか独立ブランドかの違い
なぜ同じグループ内で、異なるムーブメントを使用しているのかといえば、キングセイコーとグランドセイコーではブランドの立ち位置が異なります。グランドセイコーはセイコーウォッチから、独立したブランドだからです。
グランドセイコーは2017年に世界へ向けて独立宣言したブランドとなっています。グランドセイコーの時計には「SEIKO」のロゴはありません。かつてはSEIKO表記がありましたが、独立以降の製品からは表記は全て「Grand Seiko」に統一されています。
一方のキングセイコーは現行品では、12時の位置にSEIKOのロゴが入り、6時の位置にKING SEIKOのロゴになっている事が特徴です。このように両ブランドは同じグループ内の時計ブランドであってもコンセプトが全く異なります。
キングセイコーはセイコーウォッチの中のキングセイコーというラインナップというのが現在の立ち位置です。古くからあるセイコーウォッチのシリーズですが、永らく休止状態で2022年に復活したばかりになります。
ブランド発祥の地・製造工場の違い
この両者(キングセイコーとグランドセイコー)は発祥の地である工房が全く異なります。キングセイコーは東京の亀戸の第二精工舎で1961年に誕生しています。
一方のグランドセイコーは、1960年に諏訪精工舎で誕生しています。年表だけ見ると、まるで競争するかのように誕生したのが、キングセイコーでした。競いあっていたのはセイコーグループも自社の公式HPで認めており、互いに切磋琢磨していたと記述されています。
このように発祥の工房が違う事で、キングセイコーらしさ、グランドセイコーらしさが現れているのが特徴です。前述した公式HPのリンク先で「キングセイコーとグランドセイコーの両者を分けた、第二精工舎と諏訪精工舎」という項目を参照して頂ければ、なぜ両者が同じセイコーグループ内で、まるで違う時計ブランドのように活動していたかがわかります。
時計のグレードは違う?
時計のグレードに違いはあるのかは、発売当初の価格設定を見ると両者に違いはあった事は明白です。グランドセイコーは1960年当時の発売価格は25000円、それに対してキングセイコーの12,000円から15,000円と倍近い価格差(キングセイコーは1961年)がありました。
当時1960年代の大卒国家公務員の初任給は12,000円で、キングセイコーが給料の一ヶ月分という価格設定なので、「手の届く高級時計」または「ミドルレンジ」という戦略が見えてきます。
ただ、それはあくまでも「値付け」という部分に関してであり、時計そのものはキングセイコーも2代目(1965年)は、「日本クロノメーター」の検定を受けていて、精度に関しては両者の共に高精度を追求している時計です。
グレードの違いはあくまでも値付け(販売価格)の部分だけと認識しておくと良いでしょう。
キングセイコーとグランドセイコーどっちを選ぶ?
キングセイコーとグランドセイコーどっちを選ぶかについては、意見が分かれる所です。販売価格は両者に開きはありますが、それだけ決めるのは無理があります。
両者にいくつかの違いはありますが、最終的には個人の嗜好の問題に最終的に落ち着く気がします。以下に判断の指針となる項目を解説してみますのでぜひ参考にしてください。
価格の安さで選ぶなら「キングセイコー」
もし、価格の安さだけで選ぶならキングセイコーです。一般的にキングセイコーの方が価格はリーズナブルで、キングセイコーの現行品では2024年7月時点で一番高価なモデルは、SDAK009で税込み440,000円になります。
しかし、やはり価格だけで選ぶのは避けた方が良いです。価格は一つの判断材料として最終的には実機を手に取り、ブティックで質感を確かめてから購入を決定する方が良いと思います。
ムーブメントの機能で選ぶなら「グランドセイコー」
一般的にムーブメントの機能で選ぶ時に必要な事は、精度やパワーリザーブなどスペックで選ぶ方法が王道です。精度で選ぶとキングセイコーは日差+15秒〜−10秒となっています。
しかし、精度表記のスペックはあくまでも範囲内の日差があるというだけです。
キングセイコーのムーブメントは国産ムーブメントでセイコーインスツルメンツで製造しています。自社内で設計したキングセイコー向けに開発したムーブメントゆえに時計ケースとの融和性が高い事が特徴です。
画像引用:セイコー 公式サイト
また様々な工夫がされていることが特徴です。例えば最新のキャリバー6L35というムーブメントは大変薄く、現行機種の中で最薄となっています。実際このムーブメントを搭載しているSDAK009はケース厚も僅か10.7㎜という優れものです。
これだけの薄さであるにもかかわらず、パワーリザーブは72時間を誇ります。カレンダー機能もあり。防水性は100M防水という実用性も極めて高いムーブメントになります。
キングセイコーのムーブメントは従来からあるセイコーの伝統的なムーブメントをより最新の素材に置き換えているのが特徴です。そのためこれまでのノウハウはそのままに耐久性は最新の素材により向上しています。
精度スペックはグランドセイコーの方が数値的に良い精度となっているのは事実です。しかし、精度スペックはあくまでも範囲内の日差があるというだけで、仮に日差が数秒の開きがあっても、日常では全く問題ありません。
セイコーの本流など時代背景で選ぶなら「キングセイコー」
キングセイコーはダイアルの表記にSEIKOのロゴが、12時の位置に記載されている点も見逃せません。それは途絶える事無く継続されてきて、「セイコーの本流」という矜持がSEIKOのロゴから見受けられます。
これは推測ですが、諏訪精工舎は協力会社の大和工業を中心とした形態であり、セイコーの腕時計の本流は東京の亀戸にあるという雰囲気もHPの表記からも感じられます。
キングセイコーファンの多くが好んで語るのは、日本の高度経済成長期と重なるストーリーです。
この時代の日本経済の成長とキングセイコーを重ね合わせています。乱暴な言い方をすれば、「グランドセイコーのようなお坊ちゃまとは違う!」大衆的なイメージも人々の共感を得ているのかもしれません。
実際に1970年代初頭に製造を中止して以降、長らくファンの間から復活を望む声があり、2022年より万を喫して復活しています。
キングセイコーこそ、セイコーの本流であるブランドであり、日本の高度成長期を支えた時計だと言う、ファンの思いがあったからこそ、2022年の復活へとつながったのでしょう。
見た目で選ぶなら「好みで選ぼう」
キングセイコーは「太いインデックス」、「フラットな針」、「薄いケース」というDNAが外観からも見受けられます。シンプルで実用性に拘り、時計造りにも一貫性がある事が彼らの特徴です。
2022年に復活したモデルも上記の4つ以外では、裏蓋がソリッドバック(裏透けで無い)であることも継承されています。近年の腕時計、特に機械式時計ではムーブメントの動きが見えるような工夫をしていることが特徴です。
コストも考慮していると思いますが、復活したキングセイコーもソリッドバックは継承されています。しかしフラットなケースバックでは無く裏蓋には盾をモチーフにしたゴージャスなエングレービングがあることはそれだけで嬉しいものです。
この盾のブランドマークによってより「キングセイコー」らしさが強調されます。裏スケのモデルとは違った、楽しみをこのキングセイコーは提供してくれる事が特徴です。フラットな素っ気ないソリッドバックとは違う事をキングセイコーは提供してくれます。
キングセイコーおすすめ現行モデル3選
では実際にキングセイコーのおすすめモデルを現行品から3つセレクトしていきます。現行品は、キングセイコーの伝統を継承しながら、ムーブメントや仕上げに関しては、モダンな物に置き換えている事が特徴です。まずは現行品を3つ、続いてアンティークモデルを3つそれぞれ紹介していきます。
SDKS015
画像引用:セイコー 公式サイト
キングセイコーのSDKS015の特徴はまず柔らかい色合いのダイアルにあります。アイボリーのような色合いはホーンホワイトと名付けられ、文字盤に細い縦の筋目が入っている事が特徴です。その筋目がもたらす影により、色の濃さを変える効果があります。
他のモデルではあまり見られない独特の色合いを楽しめる事が、魅力です。
またキングセイコーには珍しいデイト機能付きのモデルである事も見逃せません。パワーリザーブも3DAYSと表記されているように72時間という実用性の高い時計です。インデックスと針部分のカットを増やし、その分輝きを増やすように工夫しています。
ケースサイズは39㎜というジェンダーレスなサイズ感の時計です。この優しいダイアルカラーとも相まって男女でシェアできる要素を持っています。シンプルでクラシックな外観は使うシーンを限定させません。
価格も2024年7月時点で231,000円(税込)とリーズナブルで機能も満載でお得感を感じます。シックなモデルが多いキングセイコーの中でも一番エレガントさを感じさせるモデルです。
SDKS001
画像引用:セイコー 公式サイト
SDKS001はシルバーのサンレイ仕上げのダイアルは伝統的な手法ですが、時代を選ばないタイムレスなデザインです。この時計を見ると、改めて大きなポテンシャルを持つ手法だと実感します。オフィスワーカーの多い日本のビジネスシーンでは白シャツが基本です。
そんな日本のオフィス事情ではこのような時計が一番重宝します。地味な印象を受けますが、タイムレスなデザインの時計の方が10年以上経過しても飽きがこなく、買ってよかったと実感できる筈です。
ケースサイズは37㎜と小ぶりですが、針も山型にカットしているため、スッキリとした印象を与え視認性にも優れています。12時の位置にあるライターカットと呼ばれるキングセイコーの伝統も継承されている点もファンには嬉しいです。
SDAK023
画像引用:セイコー 公式サイト
KS1969 SDAK023はキングセイコーが1969年に発売した45KCMシリーズの復刻版になります。大きな曲線を描くこの個性的なモデルは、従来とは異なるデザインが特徴です。1960年代から1970年代にかけて流行ったケースの外観でラグが短い形状になっています。
このモデルはSEIKOブランド設立100周年記念モデルで、龍をイメージしたダイアルを採用している事が特徴です。さらに日本の清流のイメージを重ね合わせた爽やかなライトブルーのダイアルが、人々を魅了します。
同様にブレスレットも龍の鱗(ウロコ)を連想させる多列ブレスレットを新規開発していますが、現行KSKモデルの多列ブレスレットよりも細かい列構成で、龍のウロコを再現させたようなデザインにしていることが特徴です。
世界中に伝説として生きる空想上の生物の龍を時計のモチーフに使う手法には感銘を受けます。このブレスレットも短めのコマの長さ設定をする事で、実用性を担保しており外観の雰囲気だけを優先している訳ではありません。
さらにキングセイコーの特徴である薄さは継承して、9.9㎜というかなり薄型に仕上げて、実用性には徹底的に拘っている姿勢が感じられます。アンティークな印象を損なわず、最新の技法を融合させたキングセイコーらしいモデルだと言えるでしょう。
キングセイコー 歴代モデルおすすめ3選
次に現行品以外のこれまでのキングセイコーから、いくつかのおすすめモデルを紹介していきます。アンティークモデルは製造された期間が短くモデルも限られていますが、魅力的なモデルが多数あり、その中でもキングセイコーのアイデンティティが感じられるモデルを3選紹介していきます。
キングセイコーファーストモデル|Ref.J14102E
画像引用:セイコーミュージアム
通称キングセイコーファーストモデルと呼ばれるRef.J14102Eは、手巻きムーブメントを搭載したゴールドの外観が特徴です。無駄のないシンプルなラウンドケースの三針、ノンデイトの手巻き式モデルになります。
1961年発売のファーストモデルはキングセイコーの特徴である薄さを強調した仕上げが特徴です。太いインデックスはそのままに針は現行モデルとは異なりフラットなカットにして端だけを斜めにカットしています。
シンプルですが、ゴールドの色合いにレザーストラップを採用して、どこかドレッシーさを強調した外観が特徴です。しかし、価格設定は当時のグランドセイコーの半額程度の設定でカジュアルな物を目指していたのかも知れません。
キングセイコーのHPにも当時の販売店向けのパンフレットからは「洗練された高級時計」という、グランドセイコーのような威風堂々とした雰囲気はありません。グランドセイコーとの差別化みたいな印象をこのパンフレットから見受けられます。
当時から薄さに対する拘りは感じられ、そのスピリットはこのモデルによって作られたのでしょう。
44KS キングセイコー 4402-8000
画像引用:timetapestry.blogspot.com
44KS キングセイコー 4402-8000、通称KSK2代目キングセイコーは現行品にもその系譜が色濃く残るキングセイコーのレガシー的なモデルといえます。
1965年に発売されたこのモデルはファーストモデルより、スタイリッシュに洗練された印象を写真から感じとれるモデルです。時計の外観をシルバーでまとめて、黒のレザーストラップを採用したキングセイコーのアイコン的モデルといえます。
ファーストモデルから変更点は太くなったラグです。さらにインデックス12時の位置にこのモデルから採用されたライターカットのインデックスが採用されています。これはインデックスに細かい溝を入れてちょうどライターの擦り石の形状にした物です。
これにより12時のインデックスが認識しやすくなります。また時計ケースのカットも初代のモデルより鋭くカットすることで、全体としてシャープな印象を増幅している事が特徴です。
この2代目モデルから日本クロノメーターの認定検定を受けるようになり、高精度モデルとして公式認定されます。ケースバック(裏蓋)の盾の模様もこのモデルから採用されて、キングセイコーのDNAとして継承されるようになりました。
キングセイコーの礎となったのがこの44KS キングセイコー 4402-8000といっても過言ではありません。
キングセイコー45KCM
画像引用:グランドセイコー 公式サイト
1969年に発売された45KCMは2024年に復刻されたKS1969シリーズの元になったモデルです。2代目の44KSと違い、針は太い菱形の針からバトン針になっています。KS1969シリーズの時にも説明しましたが、ケースも大きな曲線状になった事が特徴です。
KSK2代目キングセイコーでは6時の位置にあったKING SEIKOのロゴが消えて、KS HI-BEATと表示されます。またクロノメーター認定のロゴも入りました。これまでのキングセイコーらしさを捨てて、新しい分野への挑戦的なデザインと取る見かたもできます。
この当時はクォーツムーブメントが台頭してきて、時計業界も大きな時代の変換期であった事も忘れてはいけません。このような斬新なデザインが出てきたのも、機械式時計を守ろうとするためのアイディアの一つだったかもしれません。
まとめ
キングセイコーには大きく2代目キングセイコーのKSKと1969 45KCMというのが現行品でも引き継がれているデザイン系譜です。この2つのシリーズは今後のキングセイコーのアイデンティティとして後世に伝えて欲しいと願っています。
キングセイコーはともすれば、時代背景やセイコー社内の事情により左右された歴史を持つブランドになります。
特にグランドセイコーの影響は大きく、グランドセイコーはクォーツショックの時でもブランドは残りましたが、キングセイコーは1970年代に消滅して、2022年に復刻するまで休止状態でした。もしかしたらセイコー社内での政治的な要素が働いた可能性もあります。
グランドセイコーの影に常に悩まされたブランドと言っても過言ではありません。現行モデルにおいても、グランドセイコーと差別化しなければいけないという事で、セイコー社内の雰囲気が、公式HPなどから感じ取る事ができます。
例えばキングセイコーHPにある社内担当者インタビューでもキングセイコーは「東京生まれの東京育ちの時計」という文言が記述されていて、やはり今でもグランドセイコーとは良い意味で切磋琢磨、乱暴な言い方では覇権争いしているとも、感じ取れます。
部門ごとの競争も重要ですが、一般の人たちはシンプルに時計の良し悪しや嗜好をまず優先して欲しいです。そして時計を購入した後にそれらの歴史的な背景やストーリーを知るともっとキングセイコーを楽しめると思います。
まずは現行品を手にして比較検討してください。
当記事の監修者
新美貴之(にいみ たかゆき)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチコーディネーター
高級時計専門店GINZA RASIN 店舗営業部 部長
1975年生まれ 愛知県出身。
大学卒業後、時計専門店に入社。ロレックス専門店にて販売、仕入れに携わる。 その後、並行輸入商品の幅広い商品の取り扱いや正規代理店での責任者経験。
時計業界歴24年