任意の時刻に、音を鳴らせるアラーム機能。
アラーム機能というとデジタルな機能を連想しがちですが、実はこの機能は機械式時計にも存在します。
機械式時計のアラーム機能は「ハンマーがピンを叩くメカニカルな機構」であり、とても繊細な技術です。
スマートフォンやデジタルウォッチのような電子音ではなく、搭載されたハンマーがピンを叩く金属音は機械式時計にしか出すことができない味わい深い音色が響きます。
そこでこの記事では、アラーム機構を搭載した機械式時計の歴史や仕組み、そしてお勧めモデルをまとめてご紹介いたします。
機械時計のロマンが詰まった傑作選をお楽しみください。
出典:https://www.facebook.com/Jaegerlecoultre/
目次
機械式アラーム時計とは?歴史・仕組みは?
「アラーム」と聞くと、どこか現代的な機能のようにも思えますが、実は非常に歴史ある機構となります。
機械式時計の黎明期から製造されており、起源は13世紀末に遡る、という説もあるほど。
しかしながら当時の主流は置時計やクロック。
時代が下るにつれて懐中時計へと変遷していったものの、腕時計での実用化はずっと後になってからです。
この理由は、アラーム機構の仕組みをご覧いただくとわかりやすいでしょう。
アラーム機構は時刻とは別に独立したアラーム用のゼンマイ(香箱)を搭載させる仕組みが一般的です。
そして、時針と対になるアラーム時刻設定用の針(またはディスク)に、エネルギーをハンマーへと伝えるためのカムを組み込みます。
任意の時刻になるとこのカムが作動してアラーム用に蓄えられたゼンマイのエネルギーが解放され、ハンマーが振動。ハンマーがさらに供えられたピン(またはゴング)をたたいて、音を生じさせる、といった機構なのです。
そのため、小型化が難しかったのですね。
加えて、同じ鳴り物であるミニッツリピーターなどにも言えることですが、腕時計はこういった音を出す機構にあまり適していない、という理由は大きいでしょう。
と言うのも、機械式時計におけるアラームはケース内部での音を外にまで響かせる必要がありますが、一方で防水や防塵のため密閉しなくてはなりません。
しかし密閉するということは音が外部にまで響かなかったり、くぐもってしまう、ということを意味します。
また、腕にピッタリと装着することによって十分な振動をせず、これまた音が行き渡らない原因に・・・
機械式腕時計へのアラーム機構実用化は、苦心の歴史の上に成り立ってきたという経緯があります。
尚、最初に腕時計に搭載させたブランドはスイスのエテルナ社だといわれています。
その後、エテルナ社が開発したアラーム機構を手本に各ムーブメントメーカーがアラーム機構搭載機の開発に着手。それぞれ特色が異なるアラーム機構搭載機が少しづつ世に放たれていきました。
ちなみにエルプリメロで有名なゼニス社も先駆者として名前が挙がります。
こうしてみると、アラームという機構がいかに日常に根差した機能で、人々に求められていたかがわかりますね。
人々の要望を受けて、メーカーも苦心したのでしょう。
しかしながら、実用性が今一つという評価は覆すことができず、前述のように音もしっかりと響かない、という難点がついてまわりました。
ただ、遂にこれらの難点を克服し、寝ている人も起きるくらいのアラーム音響を見事腕時計に搭載・実用化を果たしたブランドが誕生します。
それこそが「ヴァルカン」というブランドです。
機械式アラーム腕時計の誕生から普及
出典:http://world.vulcain-watches.ch/de/world/adventure/
ヴァルカンは、フランスからスイスに移住してきた一族によって19世紀に創業された老舗時計メーカーです。
1947年、「クリケット」という世界で初めて実用アラーム腕時計の市販化に成功しました。
この最初に開発されたクリケット・キャリバー120は、ヴァルカン三代目ロベール・ディティシャイム氏の時代に開発されます。
ただ時計製造技術に即した研究開発に留まらず、物理学や音響学の分野の専門家からも助言を得たとのこと。
そうして誕生した機構は、ハンマーが設定時刻になるとピンをたたきますが、このピンは中蓋に備わります。
そしてここで発した振動音が裏蓋に届き、そこで増幅させることによって大音響を実現しているのです。
この画期的な「共鳴振動機構」によって、アラーム腕時計の実用性は飛躍的に伸びました。
加えて、アラーム用香箱を従来のものより改良し、25秒間もアラームを響かせるようにした仕様も特筆すべき点です。
ちなみに現代の機械式アラーム腕時計でも10秒前後が多いことを考えると、その技術力の高さを伺い知れますね。
ちなみにクリケットはコオロギのこと。
響く音がコオロギの音色に似ていたから、ということもあるでしょうが、ロベール・ディティシャイム氏が物理学者から「小さいコオロギが30m以上離れていても大きな音を出せる」ことを知らされた、というエピソードにちなむようです。
あんな小さなコオロギにできて腕時計でできないはずはない、と。
このヴァルカンのクリケットが契機となり、アラーム機構は大流行。トルーマンやアイゼンハワーなど歴代アメリカ大統領にも愛用されたことから、クリケットは「大統領の腕時計」とも称されるようになりました。
ジャガールクルト メモボックスの登場
ジャガールクルト メモボックス トリビュート トゥ ディープシー
一方で機械式アラーム腕時計の歴史には、ジャガールクルトのメモボックスの存在も忘れてはなりません。
1950年に手巻きでアラーム「メモボックス」を搭載させたことはもとより、1956年には自動巻きキャリバー815でアラーム機構を実現するという快挙をやってのけたのです。
世界初の実用アラーム腕時計の地位はヴァルカンに譲りましたが、世界初自動巻きアラーム腕時計として今なおジャガールクルトのその偉業は語り継がれています。
このメモボックスの登場により、さらに実用に近づくこととなりました。
ちなみに“MEMO”は「覚え書き」を意味し、“VOX”はラテン語で「声」を意味します。
アラーム機能を搭載した腕時計の普及
出典:https://citizen.jp/locus/product/014.html
その後、1959年に日本のシチズンが「シチズン アラーム」を開発。国産でも初めて機械式アラーム機構が登場する運びとなりました。
シチズン アラームは3針手巻きムーブメントに時刻用・アラーム用で異なる香箱を加えた画期的な機構が採用されており、当時の時計界に衝撃を与えたとされています。
さらにムーブメントメーカーのア・シルド社が汎用機の製造に成功すると、それをベースに様々なブランドが商品化に着手。
前述のように、アラームというのは本当に昔から人々の生活に根差した機能だったことがわかりますね。
クォーツウォッチの台頭、その後の電子化に伴いアラーム機構はより身近に、より単純に、より単調な音へと変化していきました。
それでも機械式時計が再び市場で大きな地位を占めるのに合わせて復活。
しかも、より現代機能に合わせて進化を遂げています。
例えばGMT機能との融合。
また、裏がシースルーになった驚くべきモデルも発表されています。
シースルーバックは今でこそ珍しくない仕様ですが、アラームやミニッツリピーターなどの「鳴り物」では非常に画期的となります。
と言うのも、金属製の裏蓋をハンマーで叩いたり裏蓋を共鳴装置代わりにしたりと、裏蓋が金属だから実現できる音というのは少なくないためです。
シースルーバックはガラスとなるので、これらが使えないことになってしまいます。
しかしながら近年では、シースルーバックが採用。
最も有名なのはジャガールクルトでしょう。さすが自動巻きアラームに先鞭をつけただけありますね!
仕組みとしては、音を鳴らすピンやゴングを裏蓋から独立させ、それ自体を一つのパーツとして取り入れたこと。
これによって、ムーブメントそのものに留まらず、ゴングの動きを鑑賞できるようになりました。
また、メーカーによっては、ハンマーが裏蓋ではなくケース横を叩く仕様にしたことでシースルーバックを実現しているところもあります。
このように、スマートフォンやデジタルウォッチのアラームが主流となった今なお機械式アラームは進化を遂げています。
電子音とはまた違った音色を楽しめるだけでなく、ブランドの時計製造技術の叡智とロマンが詰まった機構・・・
買わなくてもいいんです。
でも、時計好きには、ぜひ一度この音色を生で楽しんでもらえたらな、と思います。
機械式アラーム腕時計お勧めモデル8選
それでは、実際に機械式の、アラーム機能を搭載した腕時計を8選ご紹介いたします。
便利な電子機能もいいけれど、昔ながらの機械だからこそ出せる音色をお楽しみください。
①ジャガールクルト マスター メモボックス
ジャガールクルト マスター メモボックス 144.840.947B
ジャガールクルトは時計メーカーであると同時に、希代のムーブメントメーカーでもあります。
そのため、ヴァルカンに続いてアラーム機構を腕時計サイズにシュリンクし、かつローターの存在から不可能とまで言われた自動巻きに搭載させたことは、なんら不思議はないのでしょう。
以来、アラーム機構の申し子として君臨する同社だけあり、現在も機械式アラーム腕時計を製造しています。
その代表的なものがマスターシリーズのメモボックスです。
搭載するCal.956は、1956年に初の自動巻きアラームとして話題になった名機Cal.815をブラッシュアップしたもの。
近年流行りの復刻シリーズのうちの一つで、機構の歴史的ストーリーもさることながら、外装デザインが1960年~70年代の名作を彷彿とさせるヴィンテージ調が大変魅力的!
ジャガールクルトというとレベルソに注目が集まりがちですが、個人的にはクラシックなマスターシリーズが正統派といったイメージです。
ジャガールクルト マスターメモボックス インターナショナル Q1412471
一方で、ワールドタイム機能を併せて搭載させたり、前述の通り世界でも類をみないシースルーバックを採用したりと、進化の手を止めないところもジャガールクルトならでは。
歴史があるのに先進的。日常に溶け込んでいるのにどこか特別。
そんな腕時計を味わいたい方にお勧めです。
②ジャガールクルト ポラリス
出典:https://www.jaeger-lecoultre.com/jp/jp/watches/jaeger-lecoultre-plrs.html
ジャガールクルトの機械式アラーム腕時計は、もう一つ欠かせない名作があります。
それは、ポラリス。
2018年に登場した新ラインで、上記のメモボックスを搭載させたダイバーズウォッチ―ポラリス―へのオマージュとして誕生しました。
ポラリスは恒星から名を由来しています。
ちなみに2008年にも一度復刻を果たしていますが、その際にも大きな人気を誇りました。
実は、ジャガールクルトのダイバーズウォッチというのは、過去絶大な人気を誇っていたことでも知られています。
マスターコンプレッサーなんかがその典型でしょう。
そんなジャガールクルトのダイバーズの系譜を引いたポラリスに、人気が集まらないはずがありません。
出典:https://www.facebook.com/Jaegerlecoultre/
ポラリスはデイトを備える利便性から、現代社会での使用に非常に適した一本に生まれ変わっています。
定価100万円を超えるモデルが多く、手ごろな価格とはいえませんが、知る人ぞ知るハイスペックモデルとして人気です。
③ブレゲ マリーン ロイヤルアラーム
フランス海軍のマリン・クロノメーター(航海用精密時計)からヒントを得たマリーン。
頑丈な設計のケースやプロテクター付きのリューズ、そして美しく洗練されたデザインなど、現代人の要望に合わせて作られたブレゲ屈指の人気モデルです。
そのマリーンにもアラーム機構が搭載されてきたのですが、「さすがブレゲ」と唸らせられる機能が随所に散りばめられています。
まず、10時位置のインジケーター。
これは、アラームチャイムの残量表示となります。
さらに、8時位置のプッシャーでアラーム機能のオンオフ切り替えが可能で、12時位置の音符マークでどちらの状態かを表示してくれるのです。
そしてもう一点驚くべきことは、300mという高い防水性を備えていること!
前述の通り、高い防水性や気密性と音響の両立は製造する側から見ると非常に難易度が高くなります。
にもかかわらず300mの水圧に耐え、かつ水の中でこそより大きな音を響かせるというのです。
出典:https://www.breguet.com/jp/
ブレゲもまたアラーム機構の搭載に意欲的で、2018年にはGMTを融合させた新作を発表しました。
時計の歴史を200年早めた男・ブレゲに端を発する名門だからこそできる芸当がここにはあります。
④パネライ ラジオミール GMT アラーム
みんな大好きパネライ。
デカ厚ルミノールもパネライらしさに溢れますが、上品なラジオミールもまた、パネライを代表する名作です。
このラジオミール、実は過去アラームを搭載した限定モデルを輩出してきました。
どの個体も今なお高い価値を持ち、コレクターズアイテムとしてパネリスティから愛され続けています。
今回ご紹介するこちらは、40mmのホワイトゴールドケースにアラームとGMT機能を搭載させたもの。
ジラールペルゴ製Cal.59を搭載しており、シースルーバック仕様を実現したことも大きなポイントです。
GMT及びアラーム操作のための2つのリューズが、他のラジオミールにはない独創性を有しています。
⑤IWC GSTアラーム
GSTとは、G=ゴールド・S=ステンレス・T=チタンの頭文字で、このシリーズで使用している素材を示しています。
IWC屈指のスポーツラインで、現行のアクアタイマーの原型と言われています。
このGSTはスポーティーな外観もさることながら、高い機能性も自慢!
そのため、アラーム機構にもうってつけの一本です。
操作法としては、4時位置のリューズで時間調整やゼンマイ巻き上げ、そして2時位置のものでアラームセッティングを行います。
ちなみに4時位置にはサカナ、2時位置にはベルがエングレービングされているという遊び心付き。
現在のスタイリッシュなIWCラインとは一味違った、精悍な印象を携えます。
⑥ブランパン レマン GMT アラーム
ブランパン レマン GMT アラーム 2041-1230-98B
ただ機械式時計のみを製造してきたブランパンもまた、アラーム機構に一家言持つブランドです。
もともとアラーム機構とGMTは相性が良いのか、他社からもラインナップされていますが、ブランパンのそれは屈指の使いやすさと言っていいでしょう。
と言うのも、3時位置にアラーム時計、12時位置にアラームのインジケーターとオン・オフ表示。9時位置に24時間計で、GMTとアラームがそれぞれで容易に見分けることができるのです。
シースルーバックから18Kのローターとアラームゴングが鑑賞できるところも、機械式時計を製造し続けてきた老舗企業ならではの気遣いです。
時計好きにぜひ手にとっていただきたい一本です。
⑦ジン 6066
出典:https://www.sinn.de/en/Modell/6066.htm
ジンのホーム・フランクフルトの経済振興協会からの要請を受けて開発されたと言う6000系。
金融・証券界や政界の御仁たちの、日々の使用を前提としたモデルです。
そのため、どちらかと言えば無骨なイメージもあるジンウォッチの中では、高いデザイン性が特徴となります。
そしてこちらのアラームを搭載した6066は、レアモデルです。
アラームのムーブメントメーカーとして名声を誇るア・シルド社製Ca.AS5008をベースに、GMTを搭載させました。
ちなみに第二時間帯のみならず、インナーベゼルによって第三時間帯も把握することが可能です。
出典:https://www.sinn.de/en/Modell/6066.htm
現在は生産終了しているものの、レアモデルとして中古市場で根強い人気を誇ります。
時計コレクターにとっては、見つけた時点で即買いのモデルです。
⑧ユリスナルダン ソナタ カテドラルゴングアラーム デュアルタイム
ユリスナルダン ソナタ カテドラルゴングアラーム デュアルタイム 660-88
最後にご紹介するのは、ユリスナルダン屈指のコンプリケーション「ソナタ」です。
アラーム機能に加えて、24時間設定が可能なカウントダウン表示付き!
GMTと融合したモデルはありますが、カウントダウン機能を併せる発想はユリスナルダンならではです。
1時位置にアラームセッティング・インジケーター、6時位置にデュアルタイム表示、9時位置にアラームON/OFF表示、11時位置にカウントダウン・インジケーターを備えます。
時分針は各表示を見やすくするためスケルトンハンドを採用しました。
また日付の早送り・逆戻しが可能なこともポイントです。
美しい音色を奏でる特許取得済みムーブメントを搭載し、唯一無二の独創性を獲得しました。
まとめ
機械式アラーム腕時計について、そしてお勧めモデルをご紹介いたしました。
スマートフォンやデジタルウォッチではお馴染みのこちらの機構。ひとたび機械式になるや、非常に高い設計力や技術力が必要な代わりに、電子音にはないロマンを獲得することをお伝えできていれば幸いです。
実用化から半世紀以上経つ今なお進化を遂げるアラーム機構。
時計好きは、ぜひ一度手にとってみてくださいね!
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年