出典:https://www.rolex.com/ja/about-rolex-watches/tested-to-be-toughest.html
時計の文字盤に印字されている「chronometre」表記。
これはクロノメーターと呼び、スイス公認クロノメーター検定協会による厳しい検査基準を突破した精度と安定性の高い個体だけに記載が許される栄えある称号です。日常的に扱う時計に「正確性」はとても重要な項目であり、クロノメーター認定機であるか否かは時計選びに置いても少なからず影響を与えます。
そこで今回はどのようなモデルがクロノメーター認定機として認められるのか、スイス公認クロノメーター検定協会がどのような組織なのかについて解説致します。
長らく時計の進化の基準となってきたクロノメーターを知ることは、時計を楽しむ上で必ずや活きる知識となるはずです。
目次
クロノメーターとは?
クロノメーターはスイス公認クロノメーター検定協会、通称COSC(Controle Official Suissedes Chronometres)が規定するムーブメントの精度規格です。
ISO(国際標準化機構)が認証する国際規格でもあります。
時計の精度や品質に関する検定制度は幾つか存在しますが、クロノメーターは「公式」検定機関として、時計に携わる者であれば誰もが知る規格となります。
COSC誕生のキッカケとなったのは1939年。
スイス時計製造業者組合連合会は「クロノメーターは時計歩度公立検定所の名を持った権限により定められた若干の規定に合格しなければならない」と規定し、一般時計を検定する時計歩度公認検定局(通称:BO)を設立します。
その後、1965年に国際標準化機構でクロノメーター規格について話合われ、1973年に現在のクロノメーター検定協会(COSC)が誕生しました。
出典:https://www.gressive.jp/satellite_site/tissot/news/index/detail/id/24
スイス公認クロノメーター検定協会(COSC/:Controle Officiel Suisse des Chronometres)は、長きに渡りクロノメーター認定試験を行ってきた由緒ある団体です。
名称はギリシア神話のなかで登場する「時間神クロノス」に由来しており、スイス製時計の信頼性を世界的なものへ導いてきました。
COSCは現在スイスのラ・ショー・ド・フォンに本部が置かれ、検定機関としてはビエンヌ、ル・ロックル、サンティミエの3カ所に検定所を持ち、それぞれの検定所にて週7日休まずクロノメーター認定検査が行っています。
出典:https://www.rolex.com/ja/watches/rolex-watchmaking/tested-to-extremes.html
クロノメーター検定の検査内容は5つの姿勢差と3つの温度差の条件下で15日間にも渡る精度を査定するというものです。
その基準を満たしたムーブメントのみがクロノメーターを名乗れます。
なお、クロノメーター認定を受ける個体の数は年々増えており、2017年のレポートによると、年間合格数は200万本に迫っています。
合格数が増加している大きな要因としては、やはり自社開発ムーブメントの品質が大きく上がっていること。
近年はエントリークラスのブランドであってもクロノメーター認定をパスしたモデルが目立っており、時計の品質が上がっていることをひしひしと感じます。
ビエンヌ71万8166本
ル・ロックル59万7254本
サンティミエ53万6537本
上記は2017年の検査を行った機関ごとの合格数の内訳です。
ビエンヌを中心に年々検査本数は増えており、クォーツ腕時計に関しても同年において約10万の検査依頼があったとされています。
現在は130人ほどの職人が検査に携わっていますが、スイス時計のクロノメーター化の伴い、職人の数も増加傾向にあります。
なお、クロノメーター検定はスイス時計ブランドとしての地位やムーブメントの信頼性を高めることを目的としているため、対象となるのは「スイス製」の時計だけです。
クロノメーター試験の概要
COSCによるクロノメーター試験では、ムーブメントの静的精度を厳しくチェックしています。
もっとも、非常に厳しい精度試験を突破し、クロノメーターとして認定されるのはごく僅かの個体しかありません。
検査を受けて合格するのは3%前後と言われることから、かなり基準が高いことが伺えます。
出典:https://www.chopard.jp/cosc
クロノメーターに認定されることは、スイスの時計ブランドにおいて大きなステータスとなります。
そのためCOSCには年間約180万台に及ぶ時計が送られ、一つ一つ厳格に査定されています。
なお、クロノメーター認定試験では個体ごとに検査を受けるので、同じモデルの時計でも合格するものと不合格になるものがあります。
時計王国スイスの中でも突出して優れた個体のみがクロノメーター認定機として世に放たれるのです。
■試験場
スイスのジュネーブ、ル・ロックル、またはビエンヌ
■試験対象
スイス製ムーブメントの精度
ムーブメントがスイス製であること、ケーシングがスイスで行われていること、最終検査がスイスで行われていることが試験対象としての条件です。
加えて、生産コストの60%がスイスで発生しているという条件もあります。
■試験概要
試験は15日。
対象時計を垂直・水平などの5つの姿勢差かつ3つの温度下に置き、日差(日にどれくらい時刻がずれるか)が査定されます。
日差-4秒~+6秒以内、2cm以下のムーブメントは-5秒~+8秒以内の基準をクリアした時計のみが合格とみなされます。
クロノメーターに認定された時計は「歩度証明書」が発行され、ダイアルに「クロノメーター」の表記を許されます(ただし全てのモデルに付属するわけではありません)。
印字はブランドやシリーズによって異なりますが、ダイアルの6時位置にクロノメーターに準ずる印字を表記しているモデルが多いです。
厳格なテストをパスした認定機の時計としての信頼性は高く、デザイン性や実用性に加えて大きな付加価値をもたらします。
なお、クロノメーター認定は機械式時計だけではなく、クォーツ時計も対象となっています。
クォーツ以外にも懐中時計や機内計器、持ち運び用クロックなども検査対象となっており、認定対象は非常に幅広いです。
ちなみにクォーツのクロノメーター認定基準は以下の通りとなります。
■試験概要
試験は13日間。
1つの姿勢差、3つの温度下と4つの異なる湿度の下、日差(日にどれくらい時刻がずれるか)か査定する。
クロノメーターウォッチを必ず買うべきか?
クロノメーターウォッチはスイス時計の中でも僅か数パーセントしか認定されていない選ばれし個体です。
厳密に行われる各検査の基準をパスしたムーブメントを搭載されていることは、時計を購入する上で重要な判断材料となります。
しかしながら、クロノメーター認定を受けていない個体が時計として劣っているかというと、そのようなことは全くありません。
一定の基準精度が保障されているのは買い手からすれば大きなメリットですが、時計の良さは精度だけでなく使用素材やデザインにも買いに値する価値があります。
また、クロノメーター認定を通さずに独自の基準で精度認定を行なっているブランドもあり、個体によってはクロノメーター規格を大きく上回る精度をもつ個体も数多く存在します。
これらを踏まえると、必ずしもクロノメーターだから買いであるとは言い切れません。
クロノメーターは良い時計を見極める分かりやすい基準です。
規格自体は基準精度を満たす証明ですが、クロノメータームーブメントには相応の品質が求められるため、ケースや針の品質も優れています。
ただ、あくまでもクロノメーターは「基準精度を満たす証明」なので、時計の品質を保障するわけではありません。
ETA製やセリタ製といった汎用ムーブメントをカスタマイズしたクロノメーターも多く、クロノメーターだからと言ってオリジナリティーに溢れるムーブメントだとは限りません。
設備や技術が進歩した現代の時計界においてクロノメーターは「資金力」があれば作り上げることは難しくなく、一昔前よりクロノメーターの重要性は下がってきていると言えます。
出典:https://www.vacheron-constantin.com/en4/geneva-seal/the-certificate.html
ちなみに、時計ブランドの中にはクロノメーター基準以上の自社基準を設けているブランドもあります。
例えばパテックフィリップ、ヴァシュロンコンスタンタン、ショパールなどはCOSCの基準は甘すぎるとして、スイスジュネーブ州が制定するムーブメント規格「ジュネーブシール」を採用しています。
ジュネーブシールはクロノメーター規格とはまた違った厳格さに加えて、対象機に非常に限定的な側面を持つ規格です。精度だけでなく、ムーブメント製造における審美性や伝統性が重要視されます。
また、パルミジャーニ・フルリエやボヴェといったブランドはカリテ・フルリエと呼ばれるクロノメーターの上位規格をムーブメントの基準に採用。こちらも仕上げ、素材に一定の規準が設けられています。
クロノメーターは時計を買う上で重要な判断基準ですが、クロノメーターだから買うのではなく、あくまでも個体のデザインや素材の品質で時計を選んだ方が良いでしょう。
結局はクロノメーターであってもなくても、気に入った時計を買うのがベストです。
クロノメーター認定を受けてなくても品質に優れる時計は無数に存在しますし、一流ブランドの時計ならばどの個体を買っても一定のクオリティが確保されていると思います。
クロノメーター規格に合格している人気ブランド
ムーブメントの性能が以前よりも格段に向上したこともあり、クロノメーター規格に合格しているブランドは増えています。
しかしながら、一部のモデルだけがクロノメーターに合格しているブランドが多く、当然のようにクロノメーター認定を全機で受けているといったブランドはごく僅かしかありません。
そして、その僅かなブランドはいずれも一流ブランドとなります。
ロレックス×クロノメーター
実用時計の最高峰であるロレックス。精度に関しても定評がありますが、自社一貫製造ムーブメントの開発に乗り出した2000年以降は、その勢いをさらに加速させています。
2015年にはロレックス社独自のクロノメーター基準「ロレックス高精度クロノメーター」を制定。
スイス公認クロノメーターの認定に合格していることを前提に、更に厳しい自社での検査を課すことになっています。
■クロノメーター認定との主な違い
平均日差が−2〜+2秒(クロノメーター認定は-4〜+6秒)
7つの静止姿勢に加え回転装置による検査。
着用状態で最大のパフォーマンスを発揮することを保証するため、ケーシング後に検査を実施。
オメガ×クロノメーター
オメガは精度の追求に早くから着手してきたブランドであり、20世紀半ばには全製品がクロノメーター規格をクリアしたコンステレーションを誕生させ、「世界一正確な時計」として人気を博します。
その後も時計の精度を競う世界最高峰の舞台として知られる「天文台コンクール」にて優秀な成績を収めるなど、クロノメーターはもはや通過点と極めて精度の高い時計を量産しました。
21世紀においてもその類まれな技術力は健在で、ロレックスが高精度クロノメーター宣言を行った2015年に、オメガも独自の認定規格マスタークロノメーターを設け、時計の歴史に新たなる1ページを刻んでいます。
超一流ブランドにとってクロノメーターは当然の仕様である。そのことを証明し続けているのがオメガというブランドであるわけです。
ブライトリング×クロノメーター
ブライトリングの精度へのこだわりは並々ならぬものがあり、時計界では実現不可能だといわれてきた”全てのモデルにクロノメーターを搭載”することに成功しています。ブライトリングではこのことを「100%クロノメーター宣言」と定め、今ではブランドアイデンティティーの1つとなっています。
スイスで生産される機械式時計の約3%しかクロノメーターとして認定されないなか、ブライトリングは全ての機械式時計にクロノメーターを搭載することを宣言し、そして見事に100%クロノメーター化を実現してしています。
クォーツモデルに関してもクロノメーター認定を受けており、ブライトリングの精度へのこだわりは驚異としかいえません。
ダグホイヤー×クロノメーター
タグホイヤーは近年ムーブメントの自社開発に意欲的で、ロレックスやオメガに匹敵するようないくつかの傑作機を輩出しています。
有名どころとしてはホイヤー01、02、キャリバー1887などが該当し、どれもクロノメーターを凌ぐ確かな精度を誇ります。
以前は汎用ムーブメントを多く搭載していたことからクロノメーター認定を通していましたが、自社ムーブメントの開発に乗り出してからは「クロノメーター以上であることは当たり前」と、そこまでクロノメーターを意識しなくなりました。
汎用機の中には歴史ある名機をベースにしたものや、ムーブメントを包む外装を最新素材にして外部からの影響を少なくしたりといった実用性を強く重視したモデルも存在しますが、いずれもクロノメーター認定に合格した機体が並びます。
タグホイヤーは価格帯に幅のあるブランドではありますが、どのモデルもクロノメーター認定をあっさりクリアするほど高い技術で製造されています。
オリス×クロノメーター
出典:https://www.oris.ch/watch/oris-aquis-date-calibre-400/01-400-7763-4135-07-8-24-09peb
オリスはシンプルな見た目と高い実用性から近年評価を高めているブランドです。
機械式時計の製造に拘り続け、エントリーブランドでありながらも、クロノメーター認定機を豊富に展開しています。
特にスタイリッシュなダイバーズウォッチ「アクイス」の人気は高く、500M防水を備えた大型ケースは高級時計らしい力強い存在感を持ち合わせます。
価格は10万円台から購入でき、それでいてクロノメーター認定も受けているのは素晴らしいの一言。
初めての機械式時計としても、よく選ばれています。
ロンジン×クロノメーター
パイロットウォッチのパイオニアとして名を馳せたロンジン。スウォッチグループ加入後はリーズナブルな価格でありながらも高品質な時計を数多く製造しています。同グループにETAが存在する利点を生かし、低コストでクロノメーターを作り上げているのがロンジンの特徴。
20万円台の時計にもクロノメーターが搭載されており、抜群のコスパを誇ります。
最新のムーブメントにおいてはパワーリザーブも延長されており、ただETAをカスタマイズしただけではないことを証明しています。
ユリスナルダン×クロノメーター
かつて天文台コンクールにて好成績を収め、コアな時計ファンから支持を集めるユリスナルダン。
芸術性の高さに定評がありますが、主力の多くはクロノメーターとなっており、精度や安定性に関しても申し分ないスペックを誇ります。
クロノメーターの習得数においては例年トップ10入りを果たしており、その信頼性に対する評価は高いです。
また、自社ムーブメントの開発にも力を入れており、時計製造における限界を超え続けるという決意から生まれた「フリーク コレクション」は、革新的な機構を持つ新時代のムーブメントとして人気を博しています。
ユンハンス×クロノメーター
出典:http://www.europassion.co.jp/junghans/index.html
バウハウスのデザインが美しいユンハンス。10万円前後から買えるコストパフォーマンスの高さから、若い世代からの支持が厚いです。
機械式とクォーツをバランスよく展開しているブランドですが、マイスターシリーズにおいてはクロノメーター認定機が存在します。
シンプルイズベストの硬派なデザインに、確かな精度と品質。
ネームバリューこそ有名ブランドに劣りますが、その実力に関しては時計界でも一目置かれています。
まとめ
スイス時計業界と密接な関係を持つクロノメーター検定協会、通称COSC。
スイス製時計の信頼性を世界的なものへ導き、日々休むことなくクロノメーター認定試験を行っています。
「chronometre」表記はつい見逃してしまいがちですが、この表記は時計の品質や精度の高さの証明です。
ぜひこの機会にクロノメーターの凄さを再認識してみましょう!
当記事の監修者
新美貴之(にいみ たかゆき)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチコーディネーター
高級時計専門店GINZA RASIN 店舗営業部 部長
1975年生まれ 愛知県出身。
大学卒業後、時計専門店に入社。ロレックス専門店にて販売、仕入れに携わる。 その後、並行輸入商品の幅広い商品の取り扱いや正規代理店での責任者経験。
時計業界歴24年