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超絶複雑機構(コンプリケーション)名鑑~パテックフィリップ,オーデマピゲ,ブレゲ等~
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出典:https://www.vacheron-constantin.com/jp/home.html
「腕時計の複雑機構にはどんなものがあるの?」
「複雑機構を搭載したモデルについて知りたい」
17世紀、オランダ人時計師クリスチャン・ホイヘンスが基本原理を発明してより、機械式時計の考え方は300年以上大きく変わらない、と言われています。
すなわち、ゼンマイを駆動力とし、振り子の等時性を応用して精度を取る。
一方でその性能については、格段に向上しています。
伝統的な機械式時計もまた、他の工業製品と同様に進化と革新の歩みを止めていません。
さらに名門と呼ばれる時計ブランドの中には、製造自体が難しい複雑機構―パーペチュアルカレンダー,トゥールビヨン,ミニッツリピーター等―を進化させ、難解かつ精緻な世界に革新を加え続けるところも見受けられます。
この超絶と呼ぶにふさわしい複雑機構(コンプリケーション)を搭載した時計群は、もはや美術工芸品の域。
近年では加工技術の発達も相まって当該ジャンルが爛熟の様相を呈しており、百花繚乱咲き乱れています。
そんな複雑機構を搭載した腕時計が知りたいという人は多いのではないでしょうか。
各メゾンでの革新的な進化は続き、驚かされるような逸品が誕生しています。
この記事では近年の作品を中心に超絶複雑機構の時計を、GINZA RASINスタッフ監修のもと解説します。
モデルごとに魅力や特長について解説しますので、複雑機構の腕時計に興味がある方はぜひ参考にしてください。
目次
パテックフィリップ グランドソヌリ 6301P
出典:https://www.patek.com/en/
スペック
外装
型番: | 6301P |
ケースサイズ: | 直径44.8mm×厚さ12mm |
素材: | プラチナ |
文字盤: | 本黒七宝 |
ムーブメント
ムーブメント: | Cal.GS 36-750 PS IRM |
駆動方式: | 手巻き |
パワーリザーブ: | 約72時間(チャイム機構は24時間) |
機能
防水: | 非防水 |
定価: | リクエストにより |
時計の世界の複雑機構(あるいはコンプリケーション)を語る時、パテックフィリップを差し置くことはできません。
後述するオーデマピゲ,ヴァシュロンコンスタンタンと並んで世界三大時計ブランドに名を連ねており、その内外ともに完成されたタイムピースの数々は、世界最高峰の呼び声を欲しいままにしてきました。
そんなパテックフィリップのお家芸と言えば、複雑機構です。
冒頭でも触れているように、製造技術の飛躍的な発達で以前より複雑機構を手掛けるブランドが増えつつあります。それでも製造できるブランドは限られていることに加えて、製造可能であったとしても採算が合わなかったり、あるいは複雑ゆえに機構に厚みが出て、任意のデザインに収めきれなかったりしがち。
こういった背景から、レギュラーとしてラインナップするブランドは決して多くはありません。つまり、多くのブランドにとって、複雑機構とは何か特別なモデルとしてリリースすることが一般的なのです。シリーズの中の限定モデルであったり、ブランドの周年記念であったり。
しかしながらパテックフィリップでは、コンプリケーションまたはグランドコンプリケーションと銘打ち、一大シリーズとしてラインナップしているのです。
実際はきわめて少量生産とはなりますが、いかにパテックフィリップが複雑機構に対してこだわりと矜持を持っているかがおわかり頂ける一端ではないでしょうか。
出典:https://www.patek.com/en/
そんなパテックフィリップの超絶複雑機構、何をご紹介しようか最後まで悩みました。なぜなら名作が多すぎるためです。
しかしながらこの度は、2020年にローンチされた「グランドソヌリ 6301P」をピックアップいたしました。
2020年は時計業界もまた、新型コロナウイルスに翻弄された一年でした。とりわけ例年時計業界を盛り上げていた新作見本市の延期や中止が相次ぎ、オンライン開催へとシフトしたことは大きな変化の一つでしょう。パテックフィリップもまたオンラインローンチとなり、例年よりも規模は縮小されることとなりました。
しかしながら未曾有の災厄に見舞われた2021年においても、至極のグランドコンプリケーションを複数発表しているところはさすがパテックフィリップと言うべきか。
グランドソヌリ 6301Pは、そんな傑作のうちの一つでした。
①グランドソヌリ(ミニッツリピーター)はどのような機構か?
出典:https://www.patek.com/en/
パテックフィリップが手掛けてきた複雑機構の中でも、ソヌリやミニッツリピーターは特別な存在です。
まずミニッツリピーターについて簡単に解説すると、チャイミング機構のことです。
時計に搭載されたレバーやプッシャーによって当該機能をオンにすると、時間・15分・分単位それぞれでゴングを鳴らして時刻を知らせてくれます。ちなみにそれぞれの単位によって、音色やゴングの回数が変わることが一般的です。
17世紀に誕生した機構ですが、1783年、天才時計師アブラアン=ルイ・ブレゲが小径薄型化と音色の改善に成功。今なおブレゲの発案がベースとなっています。
ちなみにグランドソヌリ(グランソヌリ)はミニッツリピーターのようにオンにした時ではなく、作動時に自動で毎正時と15分をチャイミングする機構です。毎正時と30分おきに知らせる機構はプチソヌリと呼ぶことがあります。ソヌリ・ミニッツリピーターを一緒に搭載するケースも見られます。
言うは易し、と申しますが、ミニッツリピーターはきわめて製造が難しい機構の一つです。
まず音色を奏でるための2本のハンマーとゴングが用意されます。そして時・15分(クォーター)・分それぞれを制御するパーツにはレバーが取り付けられ、リピーター機能をオンにするとレバーが連動し現在時刻の位置まで移動します。この移動した分だけハンマーが動くよう調整され、必要な回数ゴングを打ち鳴らすこととなります。
この動力は全てゼンマイでまかなうこと。そのために十分なパワーリザーブを保持していること。時刻表示以外にもミニッツリピーター機構を緻密に搭載しなくてはならないこと。加えてムーブメントの気密性も重要視しなくてはならない近年のケース構造において、美しい音色を響かせるのは至難の業であることから、難易度の高い製造方法となっているのです。
では、そんなミニッツリピーターとはどのような音色なのか。パテックフィリップが公開している音色をお聞きください。
※チャイミングは動画の1分32秒あたりとなります
ゴングを鳴らす回数が最多になるのは12時59分です。
低音12回⇒12時
高音と低音の2連続が3回⇒45分(15分×3セット)
高音14回⇒+14分
このような構成になっています。
そしてパテックフィリップとミニッツリピーターの関わりは非常に根深いものがあります。
パテックフィリップは創業した1839年当時、既にミニッツリピーターを手掛けていました。以来、数々の名作を発表しており、現行において最も多彩なミニッツリピーター搭載機をリリースしているブランドはパテックフィリップを置いて他にないでしょう。
2020年に発表されたグランドソヌリ 6301Pは、そんなパテックフィリップの歴史の集大成とも言うべき逸品です。
次項で細部をご紹介いたします。
②グランドソヌリ 6301Pとは?
出典:https://www.patek.com/en/
前述の通り、一見するとシンプル機構のこちら。以下の機構が同時搭載されることとなりました。
・グランドソヌリ
・プチソヌリ(30分おきに自動でチャイミング)
・ミニッツリピーター
・ジャンピングセコンド
前項で述べているように、一つひとつが製造難易度のきわめて高い複雑機構となりますが(ジャンピングセコンドは後述)、これらを同時搭載する…まさに「グランドコンプリケーション」の名に恥じぬ逸品となります。
とは言え、パテックフィリップにとって全く初めての機構と言うわけではありません。
2014年、パテックフィリップ創業175周年。
「グランドマスターチャイム」と銘打たれた「パテックフィリップ史上最も複雑なタイムピース」がリリースされましたが、当該モデルのムーブメントCal.300 GS AL 36-750 QIS FUS IRMこそがグランドソヌリとプチソヌリを併載した同社初のグランドコンプリケーションでした。
※Cal.300 GS AL 36-750 QIS FUS IRMを搭載したグランドマスターチャイム 2019年発表モデル(画像出典:https://www.patek.com/en/)
なお、こちらのムーブメントにはその他に「ミニッツリピーター」「デイトリピーター(日付をチャイミングする機構。ちなみに当モデルが世界初デイトリピーター)「アラーム」「永久カレンダー」「ムーンフェイズ」を備えた、もはや博物館に所蔵されていてもおかしくない超絶工芸品となっております。
本稿でご紹介しているグランドソヌリ 6301Pの搭載ムーブメントCal.GS 36-750 PS IRMは、この175周年モデルから「グランドソヌリ」「プチソヌリ」「ミニッツリピーター」のみを抽出して新開発したグランドコンプリケーションとなります。
「簡易版」とはなるものの、チャイミングに特化させたことで端正な文字盤とケース直径44.8mm×厚さ12mmという、パテックフィリップらしい実用的なグランドコンプリケーションを実現することとなりました。
出典:https://www.patek.com/en/
ところで複雑機構の難しさの一つに、「十分なパワーリザーブ供給」と前述しました。
そこでパテックフィリップでは複数のコンプリケーションを両立するために、時刻・チャイミング機構それぞれで専用ツインヒゲゼンマイ(2組ずつ計4本のヒゲゼンマイ)を用意することでこれを解消します。時刻は72時間、チャイミングは24時間のパワーリザーブを有することで、それぞれが干渉されずに均一な精度維持・チャイミングを可能としています。この仕様によって、24時間のうち計1056回のゴングをチャイミングでき、かつ時刻側は現代としては平均的な3日間持続を有することをも意味しています。それぞれの残量は3時・9時位置のインジケーターからご確認頂けます。
こういった側面からも、パテックフィリップがグランドコンプリケーションの実用面を訴求していることがわかりますね。
なお、パテックフィリップ特許取得のジャンピングセコンドも特筆すべき点です。
これは6時位置のスモールセコンドにおいて、1秒ごとに秒針がステップ運針する仕様です。グランドソヌリ機構に搭載されるのは初。この仕様を備えることによって、従来の運針よりもエネルギー消費を調整・制御することとなります。
こういった数々の複雑機構、そしてこれらを実用的に昇華させる革新機構もさることながら、やはりデザイン面でも実にパテックフィリップらしさが溢れる逸品であることも付け加えなくてはなりません。
前述の通り、一見すると超絶複雑機構とは思えないほど上品で端正な顔立ちが見て取れるでしょう。
コンプリケーションでしか採用されてこなかった本黒七宝文字盤にアプライドされたブレゲ数字,美しいリーフ針といった上品なテイストを損ねないため、チャイミング用のスライドスイッチはケースサイド6時位置に配されました。
出典:https://www.patek.com/en/
また、シースルーバックからは美しきCal.GS 36-750 PS IRMの姿を楽しむことができますが、チャイミング起動時にゴングを打つ様をも鑑賞することができます。
一見するとわかりやすい派手さはない。しかしながら内部には無数の伝統と革新が内包されている。
そんな時計の奥深さを味わえる、パテックフィリップ屈指のグランドコンプリケーションとなっております。
オーデマピゲ ロイヤルオーク コンセプト フライングトゥールビヨン GMT 26589IO.OO.D030CA.01
出典:https://www.audemarspiguet.com/ja/
スペック
外装
型番: | 26589IO.OO.D030CA.01 |
ケースサイズ: | 直径44mm×厚さ16.1mm |
素材: | チタン |
文字盤: | スケルトン |
ムーブメント
ムーブメント: | Cal.2954 |
駆動方式: | 手巻き |
パワーリザーブ: | 約237時間 |
機能
防水: | 100m |
定価: | 要問合せ |
パテックフィリップと並んでオーデマピゲもまた、複雑機構の話題に欠かせない存在です。
オーデマピゲも世界三大時計の一角に名を連ねており、1875年の創業以来、多数の傑作を生みだし続けてきました。
オーデマピゲ=ロイヤルオーク感があります。確かにこの唯一無二のデザイン性を持つラグジュアリー・スポーツウォッチは傑出した出来栄えであり、1972年の誕生以来、多くの時計愛好家を魅了していることは間違いありません。また、ロイヤルオークに範を取ったスポーツウォッチは数知れず。ラグジュアリー・スポーツウォッチという一大ジャンルを築き上げるに至ったのは、間違いなくロイヤルオークと言っていいでしょう。
しかしながらオーデマピゲはスポーツウォッチ以上に、複雑機構に一家言持つ名門老舗ブランドです。
1882年に世界初のグランドコンプリカシオン懐中時計、1892年に世界初のミニッツリピーター腕時計を発表。現在でも数々の革新的機構を生み出しており、ますます隆盛を見せるコンプリケーション市場を牽引しています。
出典:https://www.audemarspiguet.com/ja/
そんなオーデマピゲからご紹介する超絶複雑機構は、ロイヤルオーク コンセプト フライングトゥールビヨン GMT 26589IO.OO.D030CA.01です。2020年の最新作として登場しました。
ロイヤルオーク コンセプトは、2002年からスタートした、デザイン・機構ともにオーデマピゲの英知が詰まったコレクション。八角形のベゼルやベルトと一体化したラグはロイヤルオークでお馴染みのデザインコードですが、さらに三方向にファセットカットされたケースを持つことで、どこか近未来的な意匠を持つことが特徴です。
さらに言うと搭載するムーブメントも前衛的で、処女作のスーパーソヌリを始め、フライングトゥールビヨンやフライングトゥールビヨン×クロノグラフと言った、レギュラーではあまり見受けられない機構群を楽しめることとなりました。
シリーズ自体が「コンセプト」ですので、実験的な意味合いもあったのでしょう。ちなみに2002年はロイヤルオーク30周年ということで誕生した経緯がありますが、今なおオーデマピゲにとっては特別なコレクションであることがわかりますね。
では、そんなロイヤルオーク コンセプトに搭載された超絶複雑機構とは、いったいどのようなものなのでしょうか。
ご紹介いたします。
①約10日間にも及ぶ超絶ロングパワーリザーブ
出典:https://www.audemarspiguet.com/ja/
ロングパワーリザーブもまた、近年の時計業界のトレンドを見抜く一つのキーワードです。
パワーリザーブとは持続時間と訳され、ゼンマイがほどけるまでにどれくらいの時間がかかるか、というものです。
かつては長くても48時間程度で、土日に時計を腕から外していると、月曜の朝にはリューズを使ってゼンマイを巻かなくてはならない…などと言われてきました。
しかしながら近年では香箱(ゼンマイを収めるパーツ)が大型化したり、香箱を二つ備えたツインバレルを採用したりといった試みによって、70時間、80時間のロングパワーリザーブが可能となっています。
パワーリザーブが長いと利便性が高いだけでなく、ムーブメント全体に安定したトルクを供給できることでも知られています(チョロQなんかを見て頂くと、ゼンマイがほどけるに従ってパワーを失っていることがおわかり頂けるでしょう)。
これは、前項のパテックフィリップでも言及していますが、複雑機構を搭載するうえではきわめて重要なポイントです。複雑機構は通常の時刻のみならず、その他搭載機能をも稼働させなくてはならないためです。
とりわけトゥールビヨンのエネルギー消費は膨大です。
※トゥールビヨンとは
トゥールビヨンはテンプと脱進機をキャリッジに収め、さらにキャリッジそのものを回転させる機構です。これまた天才時計師アブラアン=ルイ・ブレゲによって1801年に考案されました。
時計は携帯時、姿勢差(向き)によってかかる重力が異なり、精度に悪影響を与えるとブレゲは考え、精度を司るテンプ・脱進機ごと回転させることで重力を解消しよう、というのがトゥールビヨンの基本的な考え方です。現在はパーツ素材の改良によって姿勢差の精度への影響は限定的ですが、キャリッジの動きが美しい―仏語で渦を意味するトゥールビヨンの命名さながら―ことから積極的に採用しているブランドは少なくありません。
トゥールビヨンは「キャリッジ(籠)」という通常よりも大きいパーツを動かさなくてはならないことから、パワーリザーブ問題は懸案事項でもあるのです。
そこでオーデマピゲでは当モデル「コンセプト」にてロングパワーリザーブを課すのですが、なんと237時間―約10日間―もの、超強力トルクとともに発表します。前述の通りロングパワーリザーブは現在時計業界の一つのトレンドになっているとは言え、10日間はそうそうお目にかかれない代物でしょう。
この超絶ロングパワーリザーブを実現したのは、シースルーバックから垣間見ることができる巨大な香箱です。実にムーブメントの3分の1ほどを、香箱が占めているという驚くべき設計!
出典:https://www.facebook.com/audemarspiguet/photos
これによって非常に安定したトルクを生み出すことに成功し、超絶複雑機構と均一な精度,そして安定性といった実用性を両立することとなりました。
ちなみに9時位置に配されるフライングトゥールビヨンもミソ。
フライングトゥールビヨンとは、通常二軸でキャリッジを支えるところを片側のみに絞り、ぱっと見はキャリッジが浮いている―フライングの所以ですが―ように見せる手法です。
当モデルは開口部が大きく取られているので、トゥールビヨンの動きを心ゆくまで楽しめることでしょう。
②ユニークなGMT機構とリューズ操作
出典:https://www.facebook.com/audemarspiguet/photos
超絶ロングパワーリザーブにフライングトゥールビヨンを搭載しているだけでも見事と言うほかありませんが、さらにGMT機構も、ロイヤルオーク コンセプトらしい革新機構が備わります。
GMTとは第二時間帯または第三時間帯を表示させる、現代では非常にポピュラーな機構ですね。これだけなら採用するブランドは珍しくありませんが、当モデルではその操作がきわめてユニークで、かつきわめて優れていることがわかります。
と言うのも、3時位置にディスク式GMT機構が備わりましたが、これはリューズ下部のプッシャーによって制御される仕様です。時分針と連動したGMT針によって操作するモデルが多い中で、当ロイヤルオーク コンセプトはデザイン面でも操作の容易さでも、傑出していると言えるのではないでしょうか。
さらにリューズ操作の点でもタダでは終わらないのがオーデマピゲ。
通常6時位置に配されることの多いトゥールビヨンですが9時位置となり、代わりに6時位置には見慣れないインジケーターが搭載されていますね。
これはリューズポジションインジケーター。リューズの引き出し位置によって操作できる機構が異なりますが、どのポジションが何なのかを一目で視認できる優れものです。
針は2本のみとなるため、複雑機構でありながらもすっきりとシンプルな視認性を獲得したのも特筆すべき点です。
ケース直径44mm×厚さ16.1mmと大振りですが、複雑機構搭載モデルとしては常識的ですし、素材にチタンを用いることできわめて軽量な装着感となっています。
ロイヤルオーク コンセプトらしいモダンな外装デザインと、伝統的に培われてきたオーデマピゲの時計製造技術が上手に融合した銘品に仕上がりました。
ヴァシュロンコンスタンタン トラディショナル・ツインビート・パーペチュアルカレンダー 3200T/000P-B578
出典:https://www.vacheron-constantin.com/jp/home.html
スペック
外装
型番: | 3200T/000P-B578 |
ケースサイズ: | 直径42mm×厚さ12.3mm |
素材: | プラチナ |
文字盤: | スケルトン |
ムーブメント
ムーブメント: | Cal.3610 QP |
駆動方式: | 手巻き |
パワーリザーブ: | 後述 |
機能
防水: | 3気圧 |
定価: | 要問合せ |
2019年に開催されたSIHHで大いに会場を沸かせたのが、こちらのヴァシュロンコンスタンタンの超絶複雑機構です。その名も「トラディショナル・ツインビート・パーペチュアルカレンダー」。
この至高の銘品は、永久カレンダー(パーペチュアルカレンダー)につきものだった「手動調整の困難さ」という問題に、一つの終止符を打つこととなりました。
詳細を解説致します。
①永久カレンダー調整問題
永久カレンダーとは、ムーブメントに一定のカレンダーを記憶させることで大の月(31日までの月)・小の月(30日または28日までの月)・うるう年の2月29日に、手動調整を不要とした複雑機構です。ちなみにこれまたアブラアン=ルイ・ブレゲが1795年に考案したと言われています。
通常のカレンダー機構だと、月末やうるう年の2月末日には、リューズ等を使って手修正している方が多いかと思います。しかしながら永久カレンダーでは自動調整してくれるため、この煩わしい操作が必要ないことを示唆します。
なお、「一定のカレンダーを記憶」と申し上げましたが、これは10年とか20年単位ではありません。モデルにもよりますが、数百年~2000年代を網羅した個体まで登場しています。
そのため100年と1000年周期で到来する変則的な閏年にも対応する必要があり、きわめて複雑かつ精緻な設計・構造を要するのです。ちなみに前項まででご紹介したミニッツリピーター,トゥールビヨン,そして永久カレンダーを合わせて「世界三大複雑機構」と呼ぶことがあります。
出典:https://www.vacheron-constantin.com/jp/home.html
とは言え毎月日付修正の必要がない利便性の高い永久カレンダーですが、一度止まってしまうと手動調整が結構大変。1日、2日であれば問題ありませんが、月や年単位で変えなくてはならない場合…デイト・月・曜日・個体によってはムーンフェイズを専用プッシャーで合わせていくのみならず、閏年の判別も行わなくてはなりません。
永久カレンダーのような超複雑機構が搭載されるタイムピースは、往々にして手巻き式です。
永久カレンダーは消費エネルギーも膨大であるため、気づいたら止まってしまっていることもしばしば(さらに言うと、使っていない状態で毎日まいにち巻き上げることの是非も様々な議論があります)。
こういった永久カレンダーに付きまとう課題に対し、ヴァシュロンコンスタンタンが一つの解を出したのが当該トラディションです。
しかも、誰もが思いつかなかった機構で以て。
②驚くべきツインビート機構
SIHH2019会場でのヴァシュロンコンスタンタンのコンセプトは、「鼓動のストーリー」でした。鼓動は気持ちとともに早くなったり、遅くなったりするものですね。
トラディショナル・ツインビート・パーペチュアルカレンダーもまた、そんな鼓動のごとき二面性を持ちます。
と言うのも、「ツインビート」のモデル名にもあるように、なんと二つの異なる振動数を有したテンプを持ち、かつ任意に切り替えることができる機構なのです。
ヴァシュロンコンスタンタンは1755年創業の、最も歴史ある老舗メゾンのうちの一つです。そんな同社からここまで革新的な機構が発表されたことにも、そして機構そのものにも、前述の通り会場そして各時計メディアは騒然とすることとなりました。
出典:https://www.facebook.com/vacheronconstantin/photos
二つのテンプを持つ時点で衝撃的ではあるものの、最大のポイントは振動数が異なることにあります。
この複雑機構には、5ヘルツ(毎秒10振動、毎時36,000振動)のハイビートテンプと1.2ヘルツ(毎秒2.4振動、毎時8640振動)の超ロービートテンプが搭載されています。
テンプは時計の精度を司るパーツの一つで、振動が高速であればあるほど正確性・安定性を持つ一方で、エネルギー消費が激しくすぐにパワーリザーブが切れてしまったり、パーツの摩耗を促進してしまったりするといった難点があります。
そこでヴァシュロンコンスタンタンは、8時位置に取り付けられたプッシャーをワンタッチするのみで、アクティブモード(ハイビートモード)とスタンバイモード(ロービート)を任意に選択する仕組みとしたのです。この制御スイッチは、二つのテンプの中のテンワ間に設けられたV字型板バネ式レバーが担います。
ちなみに文字盤8時位置のインジケーターでどちらのモードが選択されているかが視認頂けます。
出典:https://www.facebook.com/vacheronconstantin/photos
一般的に時計を着用している時は、一定の振動数を保っていることが好ましいとされています。あまりにもロービートだと外乱の影響を受けたり、衝撃に弱かったりするといったデメリットがあるためです。
しかしながら時計を外して安静にしている時、むしろロービートは余剰です。外乱の影響を受けず保管場所に気を付ければ衝撃の心配もなく。であれば、パワーリザーブ節約のために、ロービートモードを採用することが時計にとって最善である、というのがヴァシュロンコンスタンタンの考えでした。
すなわち、このツインビート仕様によって、アクティブモード時は約4日間、そしてスタンバイモード時は最大65日間ものパワーリザーブを獲得するに至ったのです。ちなみにスタンバイモード時には強力なトルクは不要であるため、香箱に軽減装置が取り付けられました。
もっともハイビート仕様でも4日間のロングパワーリザーブを確保しているのも、さすが世界三大時計ブランドとして君臨するヴァシュロンコンスタンタンらしい一面ですね。基本は「DAY」が単位となるため、12時位置のパワーリザーブインジケーターの単位もそちらが採用されました。
なお、外周の赤字がスタンバイモード、内周の黒字がアクティブモードの残量を示します。
出典:https://www.facebook.com/vacheronconstantin/photos
いくらツインビートによって高効率な稼働が可能になったとしても、65日間もの超ロングパワーリザーブを有するには巨大な香箱,長大なゼンマイが必要になってきます。
しかも完全にモード切替を行うため、当モデルは二つの香箱と二つの独立した輪列を有しているのでなおさらでしょう。
しかしながらヴァシュロンコンスタンタンでは、当モデルのケース直径を42mm,そして厚さ12.3mmと言う、もはや複雑機構としては「小径薄型」と言って良いサイズ感に収めてきました。
この秘訣は、極細の専用ヒゲゼンマイやきわめて小型軽量なギア等、パーツ類をコンパクトにしたことで実現しています。
さらに言うと、ツインビートの革新機構の影に隠れがちですが、6時位置の半透明式インダイアルに組み込まれたジャンピング式表示も新たにヴァシュロンコンスタンタンが改良した超絶システムです。
ポインターデイトと月表示のためにインダイアル、さらに挟み込むように閏年カウントの表示窓が備わりますが、これらは変更の際、瞬時に―ジャンピングして―切り替わりが可能となっています。しかしながらこのジャンピング式機構はエネルギー消費が膨大で、かつテンプに悪影響を及ぼすとされてきました。
そこでヴァシュロンコンスタンタンでは切り替え歯車にスプリング式デュアルギアを備え、従来よりも少ないトルクでジャンピングを可能とし、テンプへの影響を最小限にすることに成功したのです。
永久カレンダーという超絶複雑機構の実用面を訴求した、歴史的逸品と言えるでしょう。
ジャガールクルト マスター・グランド・トラディション ジャイロトゥールビヨン ウェストミンスター パーペチュアル Q52534E1
出典:https://www.facebook.com/Jaegerlecoultre/
スペック
外装
型番: | Q52534E1 |
ケースサイズ: | 直径43mm×厚さ14.08mm |
素材: | ホワイトゴールド |
文字盤: | スケルトン |
ムーブメント
ムーブメント: | Cal.184 |
駆動方式: | 手巻き |
パワーリザーブ: | 約50時間 |
機能
防水: | 3気圧 |
定価: | 要問合せ |
ムーブメント製造に一家言持つジャガールクルト。
高品質かつ作り込まれたムーブメントは自社のみならず、世界三大時計ブランド―パテックフィリップ,オーデマピゲ,ヴァシュロンコンスタンタン―を始め、数々の名門に供給されてきた歴史を有します。
レベルソ用の薄型スクエアムーブメントや1000時間もの厳格な品質検査を通過したマスターコントロールも高名ですが、やはりジャガールクルトもまた複雑機構の話題には事欠きません。
そんなジャガールクルトが2019年に発表した当モデル、その名も「マスター・グランド・トラディション ジャイロトゥールビヨン ウェストミンスター パーペチュアル」は、同社自身が当時「(創業以来)186年間にわたって積み重ねられた時計製造技術、そして現在まで続く革新的な精神の結晶」とまで自負する、複雑機構の集大成的作品です。
この、コンプリケーション群の中でもとりわけ壮大な名前を持つ銘品のミソは、下記の機構にあります。
・ジャイロトゥールビヨン
・コンスタントフォース
・ジャガールクルト独自の永久カレンダー機構
しかも、それぞれにおいてジャガールクルトならではの革新的なシステムが搭載されているという圧巻ぶり。
いったい、名前も見た目も普通ではないこのモデルには、どのようなコンプリケーションが秘められているのでしょうか。解説いたします。
①ジャイロトゥールビヨン
出典:https://www.facebook.com/Jaegerlecoultre/
何度かご紹介してきたトゥールビヨンの歴史は19世紀初頭にまで遡りますが、近年では加工技術の発達により、かつてに比べて様々なメーカーが製造に取り組むようになりました。結果としてトゥールビヨン自体も進化を果たしており、オーデマピゲの項でご紹介したフライングトゥールビヨンもその一環です。
そんな中でジャガールクルトは2004年にジャイロトゥールビヨンを生み出します。ちなみに今回ご紹介している当モデルで、ジャイロトゥールビヨン搭載機は5作目となります。
ジャイロトゥールビヨンとは、世界初の3D球体トゥールビヨンです。多軸トゥールビヨンとも呼ばれるように、水平・垂直二つの回転軸を持ち、球体に設計されたキャリッジが立体的に回転することが特徴です。どういうことかと言うと、通常のトゥールビヨンだと文字盤に対して平面にのみ回転しています。しかしながらジャガールクルトは平面回転のみでは手首の多様な動きの姿勢差に十分な対応ではないとし、垂直方向の回転軸も取り付けて、ひねりを効かせるように設計したのです。
ちなみに水平方向へは1周1分、垂直方向へは1周26秒回転する仕様になっています。
出典:https://www.facebook.com/Jaegerlecoultre/
これだけでも大発明の機構ではありますが、処女作から15年の時を経てローンチに至った今作「マスター・グランド・トラディション ジャイロトゥールビヨン」の、「革新」は二つあります。
まず一つ目が、同機構史上最も小さいキャリッジを実現した、ということ。
これまでご紹介してきたコンプリケーションはハイレベルなものばかりですので忘れがちですが、かつてあまりにも複雑な機構を搭載した時計というのは、到底腕に着けて実用できる代物ではありませんでした。複雑機構を構成するパーツ数は多く、また設計も容易ではないため、どうしてもケースに厚みが出てしまいがちだったのです。
とりわけジャイロトゥールビヨンは3D球体のキャリッジを持ちます。このキャリッジがムーブメントの専有面積を取ってしまっており、コンパクトに収めることは容易ではありませんでした(もっともこれだけの機構を腕時計サイズに収めてきた―しかも、常識的な―ジャガールクルトの技術力には驚きを禁じえません)。
そんなキャリッジを今作では、従来品より直径1.4mmもダウンサイジング!ケース厚もこれまで15mmオーバーでしたが14.08mmに収めており、ジャガールクルト曰く「手首に着用して毎日楽しめる」革新的な超絶コンプリケーションとして生まれ変わりました。
そしてもう一つの革新。それは、コンスタントフォース機構をも取り込ませたことにあります。
②コンスタントフォース×ミニッツリピーター×永久カレンダー
出典:https://www.facebook.com/Jaegerlecoultre/
コンスタントフォースとは、ゼンマイの残量にかかわらず、トルクを一定にするための機構です。
何度か言及しているように、ゼンマイは常に同じトルク(パワー)を維持しているわけではありません。残量が少なくなればなるほどトルクは弱くなり、結果として精度や安定性に影響を及ぼします。
そこでコンスタントフォースでは、主ゼンマイの力を1分ごとに、いったん別途設けられたゼンマイに蓄えては解放させる仕組みを採ります。イメージとしては第二のゼンマイがある、といったところでしょうか。
これによって香箱に収められた主ゼンマイの残量にかかわらず、1分ごとのトルクがムーブメントを制御することとなります。つまり、当モデルに搭載されるジャイロトゥールビヨンは、主ゼンマイの残量問わずに安定した精度を実現する、ということですね。
このコンスタントフォースはジャイロトゥールビヨンのみならず、運針にも用いられています。これによって1分刻みが正確になるだけでなく、併載されるミニッツリピーターもまた安定した高精度を保ち続けられるのです(前述の通り、ミニッツリピーターには分単位の読み取りがあるため)。
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ちなみにミニッツリピーター機構もまた、他の雲上ブランドと遜色のない壮大さ!なんせ、ウェストミンスター宮殿のビッグベンの音階を再現していると言うのですから。
ウェストミンスター宮殿はロンドン中心部に位置するイギリスの要所で、時計塔がそびえたちます。この時計塔で最大の鐘を「ビッグベン」と呼ぶのですが、毎正時にチャイミングされます。ちなみにこのビッグベンの音階はわが国の終業チャイム(キーンコーンカーンコーンで有名な)のメロディの基となっているとか。
文字盤正面からはブルーに彩られたゴングが左右二つの計四組搭載されており、1時間のうちの15分ごとフレーズと分量を変えつつ、正確な時刻をチャイミングしてくれます。
なお、ジャガールクルトのゴングは、豊かな音色のためにきわめて革新的なアップデートが加えられ続けてきました。
まず、サファイアゴングを採用していること。これはゴングを増幅器替わりとなったサファイアクリスタル風防に取り付けることで、よく響く音色を獲得しています。
さらにゴング断面が正方形となっていることも、ハンマーとの接触面が大きくなり、音色にポジティブな影響を与えています。
そしてハンマーについても工夫が凝らされています。
トレビシュハンマーと呼ばれる同社の機構は、連結されたバネによって打撃速度と力を増幅し、力強さと安定した制御を得るに至りました。
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さらにが続きますが、永久カレンダーを搭載した超複雑機構の名に恥じぬタイムピースであることも付け加えなくてはなりません。
オフセットされた文字盤には西暦,ポインターデイト,月・曜日インジケーターが並びますが、これらはリューズで一斉早送りのみならず戻すこともできるという画期的なシステムが採用されています。
一斉戻しは、同マスター・グランド・トラディション ジャイロトゥールビヨン ウェストミンスター パーペチュアルによって、初めてジャガールクルト製品で採用されました。
ちなみにジャイロトゥールビヨンの鑑賞を妨げないよう、ポインターデイトは16日と17日の間でジャンプする仕組みになっていることも特筆すべき点です。
ミニッツリピーターのスイッチをケースに格納していること。加えてグラン・フー エナメルにサンレイ仕上げを施した(またはノーマルの)オフセット文字盤を採用していることから、一目でただ事ではないとわかる超絶コンプリケーションモデルであるにもかかわらず、ジャガールクルトらしい実用性にも溢れかえる逸品です。
ブレゲ クラシック ダブルトゥールビヨン 5345 “ケ・ド・ロルロージュ”
出典:https://www.breguet.com/jp
スペック
外装
型番: | 5345PT/1S/7XU |
ケースサイズ: | 直径46mm×厚さ16.8mm |
素材: | プラチナ |
文字盤: | スケルトン |
ムーブメント
ムーブメント: | Cal.588N |
駆動方式: | 手巻き |
パワーリザーブ: | 約50時間 |
機能
防水: | 非防水 |
定価: | 要問合せ |
ミニッツリピーター,永久カレンダー,そしてトゥールビヨン…これら三大複雑機構には、いつもアブラアン=ルイ・ブレゲの名前が出てきます。
この時計師は「時計の歴史を200年早めた」「時計業界のレオナルドダヴィンチ」と呼ばれるほどの天才で、現在の腕時計の原型の多くを作り上げることとなりました。
そんな天才のDNAを引くブランドが、同名の「ブレゲ」です。
とりわけトゥールビヨンに対しては一家言持っており、2006年にローンチした「クラシック ダブルトゥールビヨン 5347」でその才覚をいかんなく世に知らしめました。
2020年に発表された「クラシック ダブルトゥールビヨン 5345 “ケ・ド・ロルロージュ”」は、2006年発表の同機構を採用したものとなりますが、デザイン面で非常に稀有なアイデンティティを有するに至ります。
機構のみならず、コインエッジ装飾やブレゲ針といった装飾についても数々の発案を行った、ブレゲらしい新作と言えるでしょう。
詳細を解説いたします。
①クラシック ダブルトゥールビヨンとは?
出典:https://www.breguet.com/jp
2006年、クラシックシリーズの特別モデルとしてリリースされたダブルトゥールビヨンは、誰もが見たことのない代物でした。
まず、二つのトゥールビヨンを搭載していること。
そして文字盤中央部にセッティングしたディファレンシャルギアで、この二つのトゥールビヨンとそれぞれに設けられた香箱と輪列の調速および制御を行う仕様となっています。リューズを巻き上げると主ゼンマイに蓄えられたトルクがディファレンシャルギアにも供給されることも特筆すべき点でしょう。
とは言え、ダブルトゥールビヨンもディファレンシャルギアも、ブレゲのオンリーワンではありません。
しかしながら当機構が世界初にして唯一無二の超絶技法である理由。それは、ムーブメント自体が12時間で1周する仕様となっているのです。
中央部のディファレンシャルギアを中心にプレートが一回転するという革新機構により、トゥールビヨンのブリッジが時針として機能するのが面白いところ。一方分針はセンターに取り付けられていますが、プレート回転から動力を得ているため、増幅装置を搭載することとなりました。
そして2020年には、やはり世界初となる仕様がデザイン面で加えられます。
それは、この時計を一目見て頂ければ瞬時におわかりになるでしょうが、大胆にスケルトナイズすることで、当該複雑機構の全容をつまびらかにしたのです。
②大胆なスケルトナイズ
出典:https://www.facebook.com/MontresBreguet/photos
ブレゲの画期的なダブルトゥールビヨンは、2020年、スケルトン仕様によって完成されたと言えるかもしれません。
そもそもトゥールビヨンの現代的な意味合いは、多分に鑑賞的なものがあります。
しかしながら文字盤で隠れてしまっていては、つぶさに味わうことはできませんね。
そこでブレゲは当該モデルで文字盤を取り払い、かつパーツも肉抜きすることでこの超絶複雑機構を心行くまで楽しめる仕様としたのです。
ただスケルトナイズしただけではないのが、ブレゲというブランドです。
パーツの一つひとつが手作業で仕上げられており、また二つの香箱の支えとして施された1時・7時位置のブリッジは、ブランドのイニシャルであるBが象られました。
ちなみに地板はホワイトゴールド製のため、上品な美しさをもご堪能頂けるでしょう。
出典:https://www.facebook.com/MontresBreguet/photos
さらに裏蓋にも至極の細密画が描かれます。
ムーブメントを支えるブリッジの表面には、ある工房がエングレービングされています。
これはモデル名にもなっている“ケ・ド・ロルロージュ”。ブレゲ家がアトリエとしていたフランスはパリ・シテ島に位置した建築が描かれることとなりました。
ランゲ&ゾーネ トゥールボグラフ・パーペチュアル・ハニーゴールド“F. A.ランゲへのオマージュ”
出典:https://www.alange-soehne.com/ja
スペック
外装
型番: | 706.050 |
ケースサイズ: | 直径43mm×厚さ16.6mm |
素材: | ハニーゴールド |
文字盤: | ハニーゴールド |
ムーブメント
ムーブメント: | Cal.L133.1 |
駆動方式: | 手巻き |
パワーリザーブ: | 約36時間 |
機能
防水: | 3気圧 |
定価: | 500,000ユーロ |
「ランゲとその息子たち」をブランド名とするランゲ&ゾーネは、数奇な運命をたどってきたドイツの時計メーカーです。
1845年、創業者フェルディナント・アドルフ・ランゲ氏によってグラスヒュッテに構えられた工房を起源とし、ドイツ時計産業の礎を築いていくこととなりました。
その後息子たちによって命脈と時計師のDNAが受け継がれていきますが、第二次世界大戦とその後の冷戦時代の混乱に巻き込まれ、一時市場から姿を消します。
しかしながらフェルディナント・アドルフ・ランゲ氏のひ孫ウォルター・ランゲ氏によって1990年、再興を果たします。
そして1994年、新生ランゲとして、4つの歴史的モデルがリリースされることとなり、時計業界にその名を再び轟かせることとなりました。
そんなランゲ&ゾーネは2020年、創業175年を迎えています。
そんな中、計3本の記念モデルがローンチされましたが、中でも複雑精緻かつ特別感が溢れかえったモデルが、トゥールボグラフ・パーペチュアル・ハニーゴールド“F. A.ランゲへのオマージュ”です。創業者のオマージュとして誕生しました。
この超複雑機構に用いられた超絶技巧で最も特筆すべきは、チェーンフュジー機構です。これは、ランゲ&ゾーネ以外ではあまり見られない、古典的かつ画期的な手法です。
詳細を解説いたします。
①チェーンフュジー機構とは
出典:https://www.alange-soehne.com/ja
チェーンフュジー機構は、何度かご紹介しているコンスタントフォースの一種です。主ゼンマイの巻き上げにかかわらず、トルクを均一に供給するためのシステムでしたね。
当該機構はかつて大航海時代、船乗りたちを正しい方角へと導いたマリンクロノメーターに使用されていたとのこと。
ではどのような機構かと言うと、香箱とフュジー(円錐滑車)を鎖で連結させる、というもの。香箱のゼンマイが完全に巻き上げられた時はチェーンはフュジーに巻かれており、時刻が進んで香箱が回転していくと、チェーンがフュジーから巻き取られていきます。
フュジーは香箱に引っ張られる形で一緒に回転していくこととなりますが、巻き取られるに従って回転半径はじょじょに広がっていくことになりますね。つまりゼンマイがほどけるほど回転半径がそれを補う形となり、輪列に伝達されるトルク自体に支障はない、というわけです。
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この機構は前述の通り決して新しいものではなく、むしろ古典的です。しかしながら腕時計に搭載することは容易ではありません。なぜなら構造上高さとスペースを必要とするため厚みが出やすく、腕時計サイズに収めることが大変困難であるためです。
ランゲ&ゾーネはチェーンフュジー機構のみならず、香箱の完全巻き上げと全開放を防止する(いずれも動力が失われてしまう場合があるため)安全機構をも組み込みました。
チェーンフュジー機構だけで、その構成パーツは636個にも及びます。
しかしながらランゲ&ゾーネは創業175周年の当該モデル「トゥールボグラフ・パーペチュアル・ハニーゴールド“F. A.ランゲへのオマージュ”」ではケース直径43mm×厚さ16.6mmという非常に実用的なサイズを実現しました。
しかも、トゥールビヨン,永久カレンダー,クロノグラフ,ラトラパンテ(ラップタイムが測れるスプリットセコンド・クロノグラフのこと)の四つの超複雑機構をも携えて。
今回ご紹介している超絶複雑機構の腕時計群はいずれも小型化に成功していますが、懐中時計でメジャーであった機構を腕時計サイズで再現してきたランゲ&ゾーネは、非常に稀有な存在と言っていいでしょう。
②特別感満載の機構群とデザイン
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創業175周年を彩るにふさわしい当モデルでまず特筆すべき点は、チェーンフュジー機構の他にトゥールビヨン及び永久カレンダーが搭載されていることでしょう。
何度か言及しているように、いずれも膨大なエネルギーを必要とする超絶複雑機構であり、また小型化が容易ではない機構でもあります。
ランゲ&ゾーネでは、まず6時位置にトゥールビヨンを配置します。大きく開口部が取られたトゥールビヨンはブリッジ二軸で支えられていますが、実はこのブリッジ、弓なりにカーブしていることが見て取れます。さらにブラックポリッシュが丁寧に施されることで、まるでフライングトゥールビヨンのようにキャリッジが存在感を出しています。ちなみにキャリッジ用の穴石にダイヤモンドが使われていることも、創業175周年らしい特別感ではないでしょうか。
その上部には、トゥールビヨンの外観を損ねないよう、ややコンパクトに永久カレンダー機構が備わります。とりわけ12時位置のムーンフェイズが美しいですが、こちらはなんと122.6年で一日分の誤差という超高精度とのこと!
出典:https://www.alange-soehne.com/ja
さらに二つのコラムホイールで精密に制御されたクロノグラフおよびラトラパンテには、見た目に美しいキャリングアーム式を採用しており、シースルーバックからその造形をお楽しみ頂けるでしょう。ちなみにランゲ&ゾーネはムーブメント装飾に定評のあるブランドであり、今作でもハンドエングレービングによって花をモチーフとした装飾が施された様をお楽しみ頂けます。
なお、深夜0時にクロノグラフを作動させてもカレンダーの切り替えに影響を与えない安全装置が組み込まれています。
さらに特筆すべきは、ハニーゴールド製のケース及び文字盤ではないでしょうか。
このきわめて酸化しづらく硬度にも優れたゴールドは、ランゲ&ゾーネが開発した新素材です。
もともと新生ランゲ完全復活25周年として2019年、ランゲマティック用で使われていた素材ですが、この度当超絶機構を包むケースに採用されました。
文字盤にもハニーゴールドが用いられており、ブラックロジウム仕上げが施されることで視認性と美しさを両立しています。
まとめ
パテックフィリップ,オーデマピゲ,ヴァシュロンコンスタンタンにブレゲ等…高度な時計製造技術を持つ各メゾンが手掛けた渾身の超絶複雑機構をご紹介いたしました!
永久カレンダーやミニッツリピーター,トゥールビヨンといった製造するだけで難易度の高い機構を搭載するのみならず、それらを併載する…冒頭でも述べたように機械式時計の基本構造は大きく変わってこなかったと言われていますが、各メゾンで革新的な進化の歩みは止んでおらず、今後も私たちを驚かせ楽しませる逸品を輩出していってくれることでしょう。
なお、本稿でご紹介した各モデルはいずれも市場にはほとんど出回っておりません。レア中のレアピースです。
しかしながら、これだけの機構を作り上げる各社に、また深く傾倒してしまいそうです。
今後、また革新的な超絶技巧が各社からリリースされたら、順次リポートしてまいりたいと思います!
当記事の監修者
新美貴之(にいみ たかゆき)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチコーディネーター
高級時計専門店GINZA RASIN 店舗営業部 部長
1975年生まれ 愛知県出身。
大学卒業後、時計専門店に入社。ロレックス専門店にて販売、仕入れに携わる。 その後、並行輸入商品の幅広い商品の取り扱いや正規代理店での責任者経験。
時計業界歴24年