どんな文字盤のデザインがお好きですか?文字盤は腕時計の顔で、腕時計を購入しようとする時、かなり重要視されますね。
そんな文字盤の装飾には多彩な技法があります。見た目を美しくするため、外部からの光に視認を遮られないため・・・
多くが歴史・伝統を持つもので、あるかないかで品格が全く違ってきます。
そこで今回は、文字盤装飾の技法をまとめてご紹介いたします!各装飾のおすすめモデルも掲載しますので、それぞれ違った美しい世界をお楽しみください。
目次
文字盤装飾~加工法~
ギョーシェ彫り
長い伝統を持ち、上品で美しいだけでなく、光の反射を抑えて文字盤の視認性を高める役割をも持つギョーシェ彫り。考案者は天才時計師アブラアン・ルイ・ブレゲ。18世紀のことです。
シルバーやゴールドに繊細かつ規則的な凹凸を彫り込む手法で、腕時計の面持ちを端正にまとめ上げるだけでなく、独特の質感が品や美しさをまといます。
ギョーシェを文字盤に加工するためには専用の器具が必要となります。現代では大量生産のために機械で加工したり型押しするメーカーもありますが、ブレゲやパテックフィリップ、ランゲ&ゾーネなど超高級腕時計ブランドと称されるところは昔ながらの熟練の職人たちがやはり昔ながらの手動機械を用い、一本いっぽん手作業で彫り込みます。彫り込む凹凸には様々なモチーフがあり、パターンによって同じギョーシェ彫りでも全く異なる趣を持つことも。
代表的なものをいくつかご紹介いたします。
ピラミッドのような尖った鋲が規則的に並ぶ加工。フランス語で「パリの爪」という意味です。
考案者ブレゲ以来非常に長い伝統を持ち、そして腕時計に品を添えることから、多くの由緒正しいブランドで採用される有名な技法です。
太陽光のように放射状に広がるパターン。フランス語で太陽を意味します。
直線を広げたものや波型のギョーシェを放射状にしたものが一般的ですが、ロレックス独自の「サンビーム」と呼ばれる加工法もありそのバリエーションは多彩です。
出典:https://www.longines.jp/
麦の穂のモチーフ。グレンドルジュとも言います。
市松模様。
波模様。かなりポピュラーで、放射状に広がる模様をソレイユに含めることもあります。
エナメル加工
3500年を超える歴史を持ち、時計だけでなく様々な美術品にあしらわれる工芸手法・エナメル加工。金属板の表面に釉薬(ゆうやく)を塗り高温で焼き上げる技法ですが、その難易度の高さはトップクラスと言われており、熟練した職人たちでしか成しえない技術です。
なんと言っても質感が見事で、陶器のようなツヤと美術工芸品のような美しさを腕時計に添えます。
また、粉末状のガラスでコーティングされているため、傷つきづらく変色に強いことも特徴的。
一方で割れやすくまた複雑なデザイン生成が難しいこと、技術力やコストを要するため高価格帯であることが難点。
しかし、一目でわかる高級感と美しさは、何物にも代えがたい魅力があることも確かであり、今なお世界中の時計愛好家から憧れを以て語られます。
エナメル加工もまた、ギョーシェ彫り同様様々な技法を持ちます。
出典:https://heritage.vacheron-constantin.com/
日本語では七宝焼き、厳密に言うと有線七宝のことで、エナメルを使った彩色技法。まるで絵画のような装飾で、非常に繊細。エナメル加工の中で上位技術に位置します。
作り方は土台の上に金や銀などのワイヤーで枠(セル)を創り、その中を少しづつ各色のエナメルで埋めていきます。細かな作業なうえ色味によって何度も焼成が必要なため、採用している・または採用できるブランドはごく一部に留まります。
ユリスナルダン クラシコ エナメル アメリゴヴェスプッチ 限定30本
出典:https://www.blancpain.com/ja
クロワゾネ同様エナメル装飾の上位に位置し、非常に高い技術力を要する技法。
通常のエナメル工芸は800度近くの熱によって焼成しますが、グラン・フーエナメルはなんと1000度以上もの熱で文字盤を焼き上げなくてはなりません。まさにグランフー(feu=炎)、炎が出るほどの高温焼成。
仕上がりは通常のエナメル加工よりも遥かに美しい色味を持ちます。
一般的にドレスウォッチ等、シンプル文字盤に採用されますが、一目で他のモデルとは一線を画すことを認識できる装飾と言えます。
ブレゲ クラシック
出典:https://www.vancleefarpels.com/jp/ja.html
クロワゾネと同じようにエナメルによる彩色技法ですが、こちらは土台の金属を直接掘り込み(ギョーシェ)、その窪みにエナメルを流し込む伝統技法。
クロワゾネよりは細かい作業は求められないものの、やはり何度も何度も焼成が必要なこと、不純物を入れないために何度も研磨が必要なことから、やはり難易度の高い装飾と言えます。
パテックフィリップ スカイムーン トゥールビヨン
出典:https://www.patek.com/ja/
エナメル加工ではありませんが、同じ陶磁器ということでこちらに分類したポーセリン。磁器土を銅製の原板に塗り、それを1300度以上もの高熱で焼成、そこに釉薬をかける技法です。
土の特徴により個性があり、エナメルとはまた違った味わい深さ。
耐久性が低いことから現代はあまり採用されていない手法ですが、オメガやロレックスなどアンティーク市場で定評があったり一部のブランドでは復活したりと息の長い装飾手法と言えます。
グラスヒュッテオリジナル(GLASHUTTE ORIGINAL)マイセンリミテッド
天然素材の加工
天然石や貝など、自然の素材を加工した文字盤加工技法。天然のもののみが有する独特の色味や質感が、時計一本いっぽんに唯一無二の個性と魅力を備える、伝統的でありながら今なお一般的な装飾手法と言えます。
貝殻を加工した技法。上品さ、そして光の角度によって様々な表情を見せる趣深さから、様々なメーカーが採用します。天然の貝殻から作られるため、一つとして同じ絵柄はありません。
ロレックス デイトジャスト 179174NG ブラックシェル
最もよく使用されるシェルはマザーオブパール(真珠母貝)。殻を薄く削り、コーティング処理をして文字盤に貼り付けます。
マザーオブパールの中でも、白蝶貝から取り出したホワイト・ピンク系がよく見られますが、黒蝶貝から出るブラックもおしゃれです。
ロレックス デイトジャスト
「シェル文字盤」の代表選手と言えばロレックスのデイトジャスト。多彩なダイアルデザインを持つドレスウォッチですが、シェルのものはとりわけ独特の質感やラグジュアリーテイストを持ち、人気モデルとなります。
メテオライトとは隕石のこと。一口にメテオライトと言っても地質学的には様々な種類がありますが、多くが地球そのものより早くできていたと考えられます。
世界中でも古くから崇拝の対象で、強いエネルギーとどのストーンにもない力強い柄が特徴。
その他のストーン系文字盤同様スライスして加工され、不規則な線が石そのものの魅力を伝えてくれます。
ロレックス デイトナ
ショパール ハッピーダイヤモンド ~オパール 文字盤~
ロレックス デイデイト~ラピスラズリ文字盤~
ロレックス デイトジャスト~アンモナイト文字盤~
ロレックス デイトナ~ターコイズ文字盤~
エンボス加工
専用のプレス機を使い、ブロックパターンを文字盤に付ける手法のこと。様々な加工法があるが、裏面を押し上げて浮かすエンボスが最も有名です。
タペストリーとも呼ばれ、文字盤に立体感を出したりクラシカルな趣を添えてくれます。大量生産向き、と言われますが、超高級腕時計メーカーも採用する由緒正しい装飾と言えるでしょう。
オーデマピゲ ロイヤルオーク
パテックフィリップ アクアノート 水平エンボス
コンセントリック加工
同心円状の溝を文字盤に付ける装飾手法。別名レコード引き。
クロノグラフなどでインダイアルにのみ加工したりインナーリングにのみ加工したりと、平板な文字盤にアクセントを加える効果があります。
ロレックス オイスターパーペチュアル
文字盤装飾~仕上げ法~
サンレイ仕上げ
サンレイとは太陽光線のこと。細かな線が放射状に広がり、光の加減によって色味や質感を全く変えることのできる装飾技法です。
文字盤を回転させながら金属製ブラシと研磨剤を用いて直線を描いていきます。筋目が細かいほど美しく、また高い技術が要るため高価格となります。
サンバースト仕上げと呼ばれることも。
オメガ シーマスター アクアテラ
サテン仕上げ
筋目仕上げともいい、ヤスリによって細かな線を狭い感覚でつける仕上げのこと。ケースやブレスにも施される下処理の一種で、まっすぐで美しい面を作ることが可能で、かつ反射を抑止する効果も有します。
多くの仕上げ同様、金属製ブラシと研磨剤を用いて行われますが、ゆがみのないラインを創るためには正確性を期します。まっすぐでないと、逆に丸みを帯びてしまったり均一でなくなってしまうため。
かなり一般的で機械による大量生産が可能ですが、それでも慎重な機械使いが求められることに変わりはありません。
ロレックス ヨットマスター ロレジウム
サンドブラスト仕上げ
2016年頃から目立ってきた、サテン仕上げとはまた異なる艶消し仕上げの手法。マットな質感や反射を抑えるなど、様々な効果が注目を浴びています。
サンドとは砂のことですが、一般的には文字盤に細かくしたガラスや金属と水の混合物を専用のエアーコンプレッサーで吹き付け、表面に梨地を付けます。
砂の威力や量を調整することでくっきりさせたりふんわりさせたりといった調節が可能。
ヴィンテージ感を出したり、一方で近未来的になったりとバリエーションを楽しむことができます。
ゼニス パイロット タイプ20 トンアップ
出典:https://www.zenith-watches.com/jp_jp/pilot-ton-up.html
スネイル仕上げ
ダイアルやインダイアルなどに、スネイル(かたつむり)の殻のような同心円状の模様を刻む仕上げのこと。
ギョーシェ彫りと同じ機械が使われることも多いです。
ハリーウィンストン ミッドナイト MIDAMP42WW001
出典:https://www.harrywinston.com/ja
文字盤装飾~塗装法~
フラットに仕上げた文字盤の地金に無色または有色の塗料を施す非常にポピュラーな装飾方法で、様々な色味やデザインの再現が可能です。
塗料によりその役割は分かれますが、いずれも比較的手に入りやすいブランドでも採用されています。
ラッカー
深みのある艶感やラグジュアリーテイストから、高級楽器等にも使われるラッカー塗装。様々な種類があり、漆もラッカーに分類されます。
例えば、デイトナのインダイアルはラッカー塗装が施されています。
ロレックス コスモグラフ デイトナ 116506 アイスブルー
ラッカーは揮発を繰り返すと硬化が進むため、文字盤に薄く均一に吹き付けては乾燥させる工程を繰り返し行います。
また、磨き上げることによって光沢感を有することも特徴。
上記の加工や仕上げを施した後に塗布されるのが一般的です。
ニス
光沢ある仕上がりを実現する塗料。木材加工などでも一般的ですね。
腕時計の文字盤においては、光沢はもちろん、表面の酸化を抑え保護する目的で使用されます。
通常は透明な仕上がりですが、着色剤が混合しているカラーニスが使用されることも。
ラッカー同様、加工や仕上げを終えて最終的に塗布されます。
エナメル
エナメル加工と異なり焼成はせず、エナメル塗料を文字盤に塗布することにより安価で手間をかけずにエナメルのような質感を与えることができます。
エナメル加工を施した文字盤にエナメル塗料をさらに塗ることもあります。
ガルバニック
溶融メッキの中に文字盤を浸してメッキ加工する技法のこと。
出典:https://www.glashuette-original.com/ja
近年はグラスヒュッテオリジナルなど一部でしか採用されない手法ですが、耐蝕性や耐久性に優れ、またガルバニック処理を施した後塗装処理を行うことで、重厚感ある文字盤を作ることができます。
これらの他にも、ブランド独自のものや非常にレアなもの、そして現代技術を駆使して開発された新素材を採用した装飾などが存在します。
まとめ
腕時計の印象を決定づける文字盤装飾。長い伝統の中で培われたもの、それをベースに新しく開発されたもの・・・様々です。
装飾によっては一目でその時計のグレードがわかってしまうものも。
もちろんデザインだけでなく、反射抑止など実用面があることも踏まえて、少し装飾に目を向けてみてはいかがでしょうか。
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年