時計ファンなら一度は聞いたことがある「エルプリメロ」。エルプリメロはスイスの老舗時計ブランド ゼニスが開発した伝説の機械式ムーブメントであり、その美しさと性能の高さは、クロノグラフムーブメントのお手本となりました。
またゼニスは自社内の時計に搭載するだけでなく、各有名ブランドにエルプリメロを提供した歴史を持ち、ロレックス デイトナやパネライ、タグホイヤー、ルイヴィトンなど多くの高価なクロノグラフ用の機械としても用いられてきました。
そこで今回はエルプリメロがどのようなムーブメントなのか、そしてどのような時計に搭載されたのかをご紹介していこうと思います。
出典:https://www.zenith-watches.com/jp_jp/movements
目次
エルプリメロとは?
エルプリメロは、ゼニス(zenith)のクロノグラフムーブメントの名称です。
世界初自動巻きクロノグラフムーブメントの一つとして数え上げられ、今なお傑作機として活躍するゼニスの主力機となります。
エルプリメロはエスペラント語(人工的に作られた国際共通語のこと)で、意味は「第一の」となります。1969年にCal.3019 PHCが発表され、以降ゼニスの代名詞として数々の名機に組み込まれることになりました。
もともとはゼニス創業100周年にあたる1965年にエルプリメロの発表を画策していましたが、より優れたクオリティーを求めるがゆえに4年後にずれ込んだとされています。
エルプリメロは36,000振動のハイビートに0.1秒まで計測可能な高性能クロノグラフ機能を備えた自動巻きクロノグラフムーブメントです。 「最初」と「最高」という意味を持つ「エルプリメロ」はゼニスの歴史の中でも革新的なムーブメントとなりました。
現在世に出回っている多くの機械式時計は28,800振動が基準になっており、1秒間にテンプが8回振動するというものです。しかし、エルプリメロはそれを大きく上回る36,000振動(1秒間に10振動)という数字をたたき出し、時計界の常識を大きく覆したのです。
また、エルプリメロが優れているのは単に振動数が高いだけではなく、組み立て作業時に特殊な潤滑油を用い、耐久性を高めていることも挙げられます。一般的に機械式時計のムーブメントは振動数が高いほど部品摩耗やオイル切れといった耐久性に問題が出てくる欠点を持ち合わせていますが、エルプリメロは独自に開発した潤滑油により、これを解決。この拘りが功を奏し、世界的傑作ムーブメントとしてエルプリメロは時計界に認知されました。
ゼニスとエルプリメロについて
ゼニスは天才時計技師『ジョルジュ・ファーブル=ジャコ』によって1865年に創業されたスイスの時計ブランドです。創業者であるジョルジュ・ファーブル=ジャコは「これまでにない精度をもつ最高級の時計を製作すること」を目標とし、時計界初のマニュファクチュール工場を建設。生産技術の開発にも力を入れ、画期的な製造機械の導入や自動化システムの構築により、創業から僅か10年でスイスのトップブランドへと成長を果たします。
出典:https://www.zenith-watches.com/jp_jp/icones/georges-favre-jacot
その後もゼニスの勢いは留まることをしらず、1900年のパリ万博においては懐中時計用ムーブメント「ゼニス」が金賞を受賞するなど輝かしい成果を上げます。
そして、20世紀に入り懐中時計から腕時計へと時計の主流が変化してもゼニスの精度への探求心は衰えず、1969年には遂に自社製ムーブメントの最高傑作を完成させます。
そのムーブメントこそが「エルプリメロ」でした。
出典:https://www.zenith-watches.com/jp_jp/icones/charles-vermot
エルプリメロの開発により、ゼニスは時計ブランドとしてはもちろんのこと、世界的ムーブメント製造メーカーとして名声を博します。中でも特にエルプリメロの評判は高く、世界的時計ブランドですらゼニスにエルプリメロの提供を依頼するほどでした。
この流れは自社製ムーブメントの開発が当たり前になるまで続き、ロレックス デイトナ、タグホイヤー モンツァ、パネライ ルミノール、ウブロ スピリットオブビッグバンといった人気モデルに搭載されることになります。
なぜエルプリメロは人気があるのか?
エルプリメロが人気を博す理由は「特別なムーブメント」であるからです。
「36,000振動のハイビート」「デイトナに搭載された歴史」「世界初自動巻きクロノグラフムーブメントの一つ」といった印象深い特徴をもち、時計そのものではなくムーブメントとしてブランディングに成功しました。
ロレックス デイトナ、オメガ スピードマスターなど、時計はモデル名で選ばれることが多いです。しかし、エルプリメロに関しては「エルプリメロを搭載しているから」という理由で時計を購入される方が多く、ムーブメント自体の人気の高さが伺えます。
近年はエルプリメロを搭載したモデルの高騰も見受けられ、その人気はますます加速しています。
また、エルプリメロの人気が高まった要因の一つとして、時計愛好家の知識が高まったことが挙げられます。
昨今の時計業界は自社ムーブメントの搭載が主流になっており、ETA等の汎用ムーブメントが一般的だった時代と比較するとムーブメントに対する興味関心が高まっています。
時計の外見だけでなく中身の歴史や性能にもこだわりたい。そのように考える方からもエルプリメロは支持を受けています。
エルプリメロを搭載した時計
エルプリメロを搭載した時計の多くは2000年前後に発売されており、現在は生産終了しているモデルばかり。ただし人気は今尚高く、どのモデルも生産終了モデルとしては非常に高い価格で取引されています。時計ファンとして是非チェックしておきたいモデルばかりです!
デファイ エルプリメロ21 95.9000.9004/78.R582
素材:チタン
ケースサイズ:直径44mm
ムーブメント:エルプリメロ9004
パワーリザーブ:約50時間
防水性:10気圧
エルプリメロ搭載機として注目を集めているモデルの一つがデファイ エルプリメロ21です。
特筆すべきは「エルプリメロ9004」の存在でしょう。
このムーブメントは100分の1秒までの計測を可能にした新世代クロノグラフであり、0.01秒計測という細かな算出が可能となっています。
時刻用とクロノグラフで調速脱進機を分けて搭載させることで、それぞれに適した振動を与える設計となっており、高精度を維持しつつクロノグラフと時刻がお互いに干渉しない仕様となっています。振動数は文字盤側がクロノグラフの脱進機で、360,000振動。裏蓋側が時刻用で36,000振動となっております。
ゼニスのブランド魂を感じられる逸品として、時計好きから選ばれ続けている事実がそこにはあります。
デファイ エルプリメロ21 95.9005.9004/01.R582
素材:チタン×セラミック
ケースサイズ:直径44mm
ムーブメント:自動巻きクロノグラフエルプリメロ9004
パワーリザーブ:約50時間
防水性:10気圧
こちらは2018年にコレクションに追加された、オープンタイプではないデファイ エルプリメロ21です。
発売当初はオープンタイプの方が人気が高かったのですが、今流行りのパンダダイアル(クロノグラフのインダイアルが黒、ベースダイアルがシルバーまたはホワイトとなったデザインのこと)であること。また、サテン仕上げが施されたベース文字盤やシンプルなバーインデックス・針が精悍で男らしいことから、今ではゼニスの人気売れ筋の常連になりました。
スケルトンダイアルに比べ使いやすいデザイン性であることからビジネススーツにもカジュアルスタイルにも合わせやすい時計となっています。
なお、搭載されるムーブメントはエルプリメロ9004となりますので、オープンタイプのデファイとスペック面での違いはありません。
クロノマスター エルプリメロ グランドデイト 03.2530.4047/78.C813
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径45mm
ムーブメント:自動巻きクロノグラフエルプリメロ4047B
パワーリザーブ:約50時間
防水性:10気圧
こちらに搭載されたエルプリメロ4047は、近年急速に増えつつあるエルプリメロのバリエーションのうちの一つです。
精密・精緻なクロノグラフに、ムーン&サンフェイズを備えたエルプリメロの逸品として高い評価を得ています。
6時位置のディスクでは、天空の動きを再現。59日で1回転するムーンディスクと、24時間で1回転するデイ/ナイトディスクを二つ重ねており、ただのムーンフェイズに留まりません。
ムーブメントのパーツを固定するネジにブルーが使用されたことによって、近未来的な意匠となりました。
フルオープン設計となっていることから、文字盤から複雑なメカニズムを堪能することができます。
できるビジネスマンは勿論のこと、ての時計愛好家を満足させる名作と言えるでしょう。
クロノマスター エルプリメロ オープン1969 03.2040.4061/69.C496
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径42mm
ムーブメント:自動巻きクロノグラフエルプリメロ4061
パワーリザーブ:約50時間
防水性:10気圧
エルプリメロが誕生した1969年のファーストモデルの意匠と、人気のオープンスタイルを組み合わせた一本です。
こちらのモデルでは効果的にムーブメントの動きを見せるために、調速機構を10時位置に配置しています。
横目のインダイアルはそのまま、9時位置のスモールセコンド部分のみがオープンスタイルになっており、ゼニスらしい独創性を発揮しています。
メカニックな印象が強いスケルトンダイアルも素敵ですが、定番のクラシックスタイルも魅力的です。
ロレックス コスモグラフ デイトナ Ref.16520
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径42mm
ムーブメント:Cal.4030
パワーリザーブ:約52時間
防水性:10気圧
エルプリメロを搭載したモデルとして一番有名なのは、この5桁リファレンスのデイトナ”Ref.16520″でしょう。エルプリメロをベースに改良されたCal.4030を搭載し、そのスタイリッシュなフォルムから絶大な人気を誇りました。
このモデルはエルプリメロは自動巻きクロノグラフとして確かな実績を持つ名機であると同時に、当時のロレックスの中で唯一他社ムーブメントを搭載したモデルであったという事から、後継機の発売されても人気が衰えないという特徴があります。
現在は最新モデルよりも高いプレミア価格で取引されており、状態の良いRef.16520を手に入れるのは至難の業です。
タグホイヤー モンツァ キャリバー36 CR5110.FC6175
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径38mm
ムーブメント:キャリバー36
パワーリザーブ:約50時間
防水性:3気圧
エルプリメロをベースとして作られたタグホイヤーが誇る人気ムーブメント”キャリバー36″。このムーブメントを搭載したレアモデルが“モンツァ”シリーズのクロノグラフです。
最高峰とも言われる傑作ムーブメント「エルプリメロ」を搭載したモデルとしては、比較的リーズナブルなプライスで購入することができ、エルプリメロファンから絶大な支持を集めています。モデル名はイタリアのサーキットコースに由来しており、クラシカルな雰囲気を漂わせながらも、クールで高級感のあるデザインです。
パネライ ルミノールクロノグラフ PAM00072
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径40mm
ムーブメント:キャリバーOP Ⅳ
パワーリザーブ:約50時間
防水性:200m
パネライが一般ユーザー向けに販売を開始した初期に発表されたのが、「エルプリメロ」搭載の貴重なクロノグラフモデルです。初期のエルプリメロ搭載モデルは人気が高く、市場でも品薄が続いています。
また、パネライのエルプリメロ搭載モデルは6つほどありますが、2000年から2003年まで製造されたPAM00072は1番人気が高いです。パネライらしい視認性の高さに加え、チタンとステンレスのリンクで組み合わされたブレスレットは重量が軽く、着け心地も抜群となっています。
パネライ ルミノールクロノグラフ PAM00122
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径40mm
ムーブメント:キャリバーOP Ⅳ
パワーリザーブ:約50時間
防水性:300m
ムーブメントにゼニス社のエルプリメロを搭載した、希少なルミノールクロノグラフ。この”PAM00122″はエルプリメロ搭載シリーズの最終モデルとなったモデルであり、こちらも現在は品薄0が続いています。
ウブロ スピリットオブビッグバン オールブラック 601.CI.0110.RX
素材:ブラックセラミック
ケースサイズ:縦 51.0mm × 横 45.0mm
ムーブメント:HUB4700
パワーリザーブ:約50時間
防水性:100m
新興ブランドであるウブロと伝統的なムーブメント”エルプリメロ”がコラボレーションを果たした限定モデルがコチラのオールブラック「601.CI.0110.RX」。
このモデルは従来のラウンド型のビックバンではなく、黒で統一されたトノー型ケースが採用されました。また、ムーブメントにはエルプリメロをベースにした HUB4700 を搭載しています。
加えてダイヤルとケースバックがシースルーになっているため、エルプリメロの動きを本家ゼニス以上に楽しむことができます。このモデルは世界500本限定製造されたため、非常に希少価値が高い一本です。
ルイヴィトン タンブール クロノグラフ エルプリメロ Q1142
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径40mm
ムーブメント:自動巻き エルプリメロベース
パワーリザーブ:約50時間
防水性:100m
有名ファッションブランド ルイヴィトンのタンブールシリーズにも「エルプリメロ」は搭載されています。タンブールはルイヴィトンの定番ウォッチとして2002年に発表され、最上位モデルには「エルプリメロ」が搭載された事で大きな話題を生みました。
タンブールは厚みのあるケースが特徴的で、その力強く存在感のあるフォルムは16世紀に南ドイツで作られたドラム型時計、つまり世界初の旅行用時計に由来しています。ケース側面には”LOUIS VUITTON”のブランドネームが12個のインデックスに合わせて大文字で記されており、ケースバックからは名機の精巧な動きをご覧いただけます。
ダニエルロート スポーツクロノグラフ S247STSL
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:縦 41.0mm × 横 38.0mm
ムーブメント:エルプリメロ400
パワーリザーブ:約50時間
防水性:10気圧
ダニエルロートは1988年に天才時計技師ダニエルロートが設立したブランドです。ダニエルロート特有のダブルオーバルケースと、グレー×シルバーを基調としたシックデザインは時計愛好家の心を見事に射止めました。 シースルーバックから”エルプリメロ400”の精巧な動きを覗く事ができます。シンプルながら飽きのこない洗練されたボディーは、手元を美しくエレガントに飾ってくれることでしょう。
まとめ
エルプリメロはハイビートムーブメントの先駆者として、20世紀後半に一世を風靡した伝説のムーブメントです。「エルプリメロならではの歴史と伝統」があり、その魅力は時計ファンを今なお魅了し続けています。現代においてもゼニスの代名詞として活躍し続けており、より高度な技術を取り入れた派生機が続々と登場しています。
機械式時計に興味があるなら、ぜひ一度エルプリメロ搭載機をお手に取ってみてください。実機を見れば、さらにエルプリメロのことが好きになるはずです。
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年