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腕時計の高級仕上げ「エナメル文字盤」についてまとめてみました
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かつて多くの懐中時計に用いられた技法「エナメル技法」は、ガラス質の塗料を文字盤に施し、文字盤を工芸品とも呼べる仕上がりへと昇華させる高度な技法として用いられました。
その難しさは時計装飾の中でもトップクラスといわれており、超一流の職人にしか扱えなかったエナメル文字盤は、いつの世でも人々の憧れとして君臨し続けてきた歴史があります。
そんなエナメル文字盤ですが、腕時計が主流となった現代では、歴史の流れと共に、その姿を見ることが少なくなってきています。しかし、未だに「エナメル文字盤」を採用したモデルを作っている時計メーカーも僅かですが存在しているのです。
そこで今回は工芸品のような美しさを持つ「エナメル文字盤」について掘り下げていこうと思います。
目次
1.エナメル文字盤とは?
エナメル文字盤は3500年を超える伝統技術「エナメル工芸」を時計の文字盤に応用したものです。ガラス質のエナメル粉末を文字盤の上に載せ、800度近くの熱で焼成を繰り返し発色させて作り上げます。その芸術性や金属がガラスでコーティングされることによる耐候性から、昔から文字盤技法として親しまれてきました。
この技法の難しさは同じ工程を何回も繰り返し行わなければならないことです。例えば、下地の塗り。これは何回も文字盤の上に粉末を塗っていくことで、徐々に平らにしていきます。また、熱で焼成する時も1度ではなく何度も焼くため、1つの文字盤を作るのに非常に手間が掛かりますし、経験も必要です。
エナメル文字盤は高度な技術を要する上、非常に手間とコストがかかってしまうため、現在の時計製造ではあまり使われていません。しかし、100年以上前の懐中時計ですら、エナメル文字盤は「美しさ」を保っており、その耐候性は目を見張るものがあります。
エナメル文字盤の特徴
エナメル文字盤の特徴はそのなんといってもその「質感」です。陶器とも呼べるようなツヤのある質感は高貴な存在感を放ちます。そして、粉末上のガラスでコーティングされているため、傷つきにくく、変色しにくいという特徴も持ちます。
ただ、陶器のような仕上がりであることから「割れやすい」という性質をもっているため、一般的な文字盤を採用しているモデルよりも丁寧に扱う事が重要。加えて、作業の難しさ・コストの高さといった問題や複雑なデザインにすることが難しいというデメリットも存在します。
エナメル文字盤の作り方
エナメル文字盤がどのような特徴を持っているか分かったところで、次はランゲ1・トゥールビヨン “ハンドヴェルクスクンスト”を例にエナメル文字盤がどのように作られているのかを見てみましょう。
出典:https://www.alange-soehne.com/
エナメル文字盤の原料はガラスです。まずは粉末状のガラスを砕くことから全ては始まります。この砕いた状態のガラスは、水と混ぜ「釉薬」という液体にし、文字盤に塗ってコーティングするのが基本。また、粉末の状態のままふるいにかけることもあります。
出典:https://www.alange-soehne.com/
さっそく、釉薬の出番が来ました。まずこの液体を文字盤の裏に塗っていきます。表板だけ塗ればいいのに、なぜ裏板にまで塗るのか?と思われるかもしれませんが、エナメル技法は焼くという工程があるため、両面に塗っておかなければ歪んでしまうのです。
出典:https://www.alange-soehne.com/
文字盤の裏にエナメルを塗ったら、表面を塗っていきます。インデックスなど、細かなデザインがある場合は小さなすき間に細筆で釉薬を盛って、すき間を塞ぎます。この工程が不十分だと割れやムラに繋がってしまうのです。
ただ、このランゲのモデルは世界限定20本で製作されたものなので、工程が複雑なものとなっています。一般的に良く見かけるエナメル文字盤はエナメルを薄く何層も重ね、何回も炉焼きする工程を経て、艶のある白色のエナメル文字盤を作り上げます。
また、インデックスに配された数字はエナメル層の上にプリントを施す、もしくは手書きを駆使して作られることが一般的です。
出典:https://www.alange-soehne.com/
ハンドヴェルクスクンストでは釉薬を塗り終わった文字盤の表面にエナメルの微粉末をふるいます。表面に凹凸ができないよう、均等に薄く盛り、その後何回も焼成していくのです。
この段階では釉薬の粒子はチラチラとブルーの光を放っていますが、完成に近づくにつれ、文字盤の表面は黒色に変わっていきます。
出典:https://www.alange-soehne.com/
そして出来上がったのが漆黒の煌めきをもつ”ハンドヴェルクスクンスト”の文字盤です。ガラスの粉末からこのような美しい文字盤が出来上がることに驚きを隠せません。
エナメル文字盤の作成は各ブランドごとに作り方が違い、それぞれに個性があります。企業秘密な部分もあり、その全貌は明らかではありませんが、概ねこのように作られているんだな。と知って頂けたら幸いです。
2.エナメル技法の上位「クロワゾネ」
古くからジュエリーや金細工と密接な関係にあったエナメル技法は、ルネッサンス期には時計の装飾に頻繁に用いられました。この懐中時計の蓋に描かれた絵画のような装飾はエナメル技法の上位技術である「クロワゾネ」によるものです。
出典:https://heritage.vacheron-constantin.com/
腕時計が主流となった現代ではパテックフィリップ・ヴァシュロンコンスタンタン・ランゲ&ゾーネ・ユリスナルダンといった名高る時計メーカーがクロワゾネ技法を使った時計を作り上げています。特にユリスナルダンはクロワゾネが多様されており、同ブランドの代名詞となっています。
クロワゾネの作り方
クロワゾネとはエナメルによる彩色技法、またはクロワゾネが施された腕時計の文字盤のことです。日本語では七宝焼きとも呼ばれ、細かくいうと「有線七宝」にあたります。
その作り方は非常に繊細。髪の毛ほどの細い金線をピンセットで操り、デザインの輪郭を作り上げます。そして細かい金線で囲ったエリアをセルといいますが、その中を何層にも分けて少しずつエナメルで埋めていくことがクロワゾネの特徴です。
何回も何回も焼き上げることで仕上げるため、一般的なエナメル文字盤よりも遥かに高度な技術が要求されます。
出典:https://www.vacheron-constantin.com/en/home.html
セルを多く作れば作る程、多くの色彩が使え、華やかな文字盤を作り上げることができますが、その分焼き上げる回数も増え、工程も複雑化します。また、色彩や薬品、原料によって溶解する温度が異なるため、均等かつ美しく仕上げる為には相当の経験と技術が必要です。
3.エナメル文字盤を使った時計を製造しているメーカーとその時計
エナメル文字盤を使用している時計メーカーは僅かですが存在します。そして、その全てが超一流メーカーです。ここでは、素晴らしいメーカーたちとその時計を紹介していきます。
エナメル文字盤を製造するメーカー① ユリスナルダン
「ユリス・ナルダン」は1846年に創設されたスイスの名門時計ブランド。高精度なマリンクロノメーターを生み出し続けることで知られています。ムーブメントの精度も有名ですが、ユリスナルダンの1番の特徴は伝統的な「エナメル」技法を使った文字盤にあります。
エナメル文字盤というと真っ先にユリスナルダンの名が挙がるほど、エナメル技法に定評があり、特にエナメルの上位技術である「クロワゾネ」を使った文字盤は美しいの一言。
ユリスナルダン マリンクロノメーター1846 150周年記念 限定250本 266-22
創業150周年を記念して発表された250本限定モデルです。航海用クロノメーターをそのまま腕時計サイズに縮小したデザインが特徴で、スモールセコンドには創業年度の1846の文字がプリントされています。ダイアルには熟練のエナメル職人が手がけたホワイトのグラン・フー・エナメル・ ダイアルを備えています。希少な職人技におけるユリスナルダンの高度な技とノウハウを映し出しています。
ユリスナルダンを代表する“サンマルコ”シリーズ。深く鮮やかなブルーのダイヤルは、ギョウシェの上からエナメルを丁寧に仕上げており、他に類を見ない美しさです。ケースバックにはイタリアのヴェネツィアのシンボルである、聖書を抱え翼の生えたサンマルコライオンが刻印されています。
ユリスナルダン サンマルコ クロワゾネ USS コンスティチューション 限定25本 131-77-9
金線で輪郭線をつくり、その中を七宝で埋めて装飾を施す「クロワゾネ」技法が使われた、ユリス・ナルダンを代表するモデル“サンマルコ”。ダイアル中央にクロワゾネ技法でアメリカ海軍のフリゲート「USSコンスティチューション」が描かれています。
ユリスナルダン クラシコ エナメル アメリゴヴェスプッチ 限定30本 8156-111-2/AV
2014年バーゼルワールドで発表された限定モデル。 海洋探検家アメリゴ・ヴェスプッチにちなんで名付けられ、世界30本限定で発売されました。イタリアでもっとも尊敬される本格的なフリゲート型帆船にオマージュを捧げたモデルです。クロワゾネ技法によって繊細に描かれた文字盤は美術工芸品と呼べる仕上がり。このクオリティはユリスナルダンにしか表現できないでしょう。
エナメル文字盤を製造するメーカー② パテックフィリップ
世界最高の時計ブランドとして君臨するパテックフィリップ。そのフラッグシップコレクションである「カラトラバ」の一部のモデルにはエナメル文字盤を採用した時計が存在します。
カラトラバはパテックフィリップの永遠の定番です。この5116R-001はローズゴールドケースにクル・ド・パリ仕上げのベゼルを備えたクラシカルなモデル。エナメル文字盤が採用されており、類を見ない「高貴な輝き」を放ちます。
一つ一つ手間をかけて作られるため、製造数は少なめ。そのため希少価値の高いモデルといえるでしょう。
エナメル文字盤を製造するメーカー③ ブレゲ
ブレゲは時計の進化を200年早めた天才時計技師として有名な「アラン・ルイ・ブレゲ」が立ち上げた歴史と伝統のある時計メーカー。雲上時計ブランドの一角として作り出される最高級の時計は、多くの時計ファンの憧れです。
ブレゲでは懐中時計の時代から受け継がれたエナメル技法を現在も採用しており、今なお高貴な輝きを放ち続けています。
当時多くの懐中時計に影響を与えたブレゲ針、ブレゲ数字を配したクラシカルなモデルがこの5140BB/29/9W6。パーツ一つ一つが非常に繊細で、職人の誇りを感じさせる逸品です。文字盤には炉焼きホワイトエナメルの文字盤が使われており、懐中時計時代の美しさを見事現代に蘇らせています。
ブレゲ クラシック クロノグラフ コラムホイール 5247BB/29/9V6
エナメル文字盤を搭載していながらも、クロノグラフを搭載した画期的なモデル。コラムホイール式のため大変滑らかな操作をお楽しみいただけます。エナメル文字盤に赤い螺旋を描くようにタキメーターが彩り、デザインの細部まで凝らした貴重なモデルです。
エナメル文字盤を製造するメーカー④ ヴァシュロンコンスタンタン
ヴァシュロンの美術工芸コレクション”メティエ・ダール コレクション”は彫金・ギョーシェ・エナメルといった工芸技法をふんだんに活用した美術工芸として組み立てられる時計です。このコレクションにはクロワゾネを使ったモデルが多数製造されています。
出典:https://metiersdart.vacheron-constantin.com
エナメル文字盤を製造するメーカー⑤ ランゲ&ゾーネ
雲上時計ブランドの中でも一際強い存在感を放つランゲ&ゾーネ。同ブランドはドイツ・グラスヒュッテ地方の伝統的な技法をベースにして、数多くの美しいモデルを発表し続けている歴史と伝統に溢れる時計ブランドです。
出典:https://www.alange-soehne.com/
ブラックエナメルの文字盤に、鏡面仕上げによって美しく仕上げられたトゥールビヨン “ハンドヴェルクスクンスト”。ランゲ&ゾーネのフラッグシップモデルであるランゲ1の誕生20周年を祝い、世界限定20本という僅かな数で製作されました。
エナメル文字盤を製造するメーカー⑥ オメガ
ロレックスと並び、高い知名度を誇るオメガ。オメガの代表的モデルといえばムーンウォッチとして歴史に名を刻んだスピードマスターですが、50周年記念として作られた限定モデルには実はエナメル文字盤が使われています。
オメガ スピードマスター プロフェッショナル 50周年記念モデル 311.33.42.50.01.001
スピードマスター”が誕生してから50年を迎えたのを記念して、2007年に1957本限定で発売されたリミテッドシリーズ。通常のスピードマスターと細かな相違点がいくつかありますが、一番の特徴はエナメル文字盤を採用していること。エナメル文字盤は通常の文字盤よりも「黒の色味」がハッキリするため、引き込まれるような深い魅力を感じることができます。
エナメル文字盤を製造するメーカー⑦ クロノスイス
1982年、古典的な機械式時計に未来はないという意見が多い中でゲルト・ラングが創業した「クロノスイス」。精密なムーブメントの精度と伝統を重んじたクラシックなデザインは、下馬評を覆し市場で高い評価を受けました。現在でもリーズナブルな価格も相まって、多くの時計ファンを魅了し続けています。
クロノスイス“オレア”はスイスヴィンテージの遺伝子を持つドイツ生まれの美麗な腕時計です。このCH1161Rにはエナメル文字盤が採用されているにも関わらず、50万前後というリーズナブルな相場価格だったため、大きな人気を生みました。
まとめ
懐中時計の時代から現在まで変わることなく受け継がれてきた「エナメル技法」。手間が掛かる上に高度な技術が必要なため、コストを抑えることが求められる現代では使われなくなっている技術です。
しかし、日焼けする事もなく、いつまでも美しい姿を保つ美しい文字盤に心惹かれる人は今でも少なくありません。それを証明するかのように、エナメル文字盤が採用された時計は人気が高く、今なお多くの時計ファンに求められています。
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年
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