時計好きであれば「バルジュー7750」の名を一度は耳にしたことがあると思います。
バルジュー7750はバルジュー社が作り上げたクロノグラフムーブメントであり、手巻き時代のロレックス デイトナを筆頭に、これまで多くのモデルに搭載されてきた名機です。
製造から40年以上が経過した現在においても汎用ムーブメントとしてエントリーモデルに用いられ、今なお現役で使用され続けています。
合理的設計、ロマンのある歴史、そして圧倒的なカスタマイズ性。
今回はそんな歴史的クロノグラフ「バルジュー7750」の特徴と魅力に触れつつ、特に人気のある有名モデルについても触れていきます。
目次
バルジュー7750とは?
バルジュー7750は1973年に誕生し、今なお製造され続けるロングセラームーブメントです。
ロレックス デイトナに採用されたことで名を馳せ、20世紀末には「クロノグラフ=バルジュー7750」と呼ばれるほどメジャーな存在となりました
のちにETAに買収され、バルジュー7750はETA7750へと改良が加えられることになりますが、基本設計はほぼそのまま継承されており、バルジュー7750のDNAは現代でも生き続けています。
出典:https://www.calibre11.com/history-eta-7750-tag-heuer-calibre-16/
現在は低価格帯のモデルに搭載されることが多く、コストパフォーマンスの高いムーブメントと言われています。
しかしバルジュー7750の魅力はコスパの良さだけではありません。歴史的背景やそのルーツにも魅力が溢れています。
なぜバルジュー7750はこれ程までに愛されるのか
バルジュー7750は1950~60年代に製造された「ヴィーナスCal.178」や「クロノマチック(Cal.11)」といったクロノグラフの黎明期に作られた名機の系譜を継承したムーブメントです。
いわばクロノグラフの歴史の象徴ともいえ、それだけにファンも多く存在します。
「ヴィーナスCal.178」はブライトリングの初代ナビタイマーに搭載されたムーブメントで、クロノグラフの作動方式をコラムホイールからカム式に切り替えるなど、大きな功績を残しました。
残念ながら1966年にヴィーナス社は倒産することになりますが、その治具と版権はバルジュー社に継承され、やがてエドモン・キャプト氏の設計によりバルジュー7750が誕生することになります。
ヴィーナスからバルジューへ、そしてETAへ。
今でこそ汎用ムーブメントと言われるバルジュー7750ですが、実はたくさんの歴史の積み重ねによって生まれてきた趣の深いムーブメントでもあるのです。
ロングセラーとなった理由
多くのムーブメントが生まれては廃れを繰り返す機械式時計の世界において、40年以上も現役で使い続けられるバルジュー7750は異質な存在です。
では何故バルジュー7750はこれ程までに息の長いムーブメントとなったのでしょうか?
その大きな要因としてメンテナンス性の高さが挙げられます。
裏蓋側にクロノグラフ機構を組み込んだシンプルかつ省スペースな設計のバルジュー7750はメンテナンス性に長けており、その汎用性の高さは現代の時計技師からも高い評価を得ています。
よく挙げられるバルジュー7750の主なメリットは以下の通りです。
■巻き上げ効率のよい片方向巻き上げ式
■耐久性を考え抜かれた設計
■低コストで修理できるカム式駆動
■ゼンマイの力が強く、精度がでやすい
■圧倒的なカスタマイズ性
特にカスタマイズ性の高さは汎用ムーブメントにとして非常に重要な項目で、カスタマイズが容易であるからこそ、あらゆるブランドに採用されてきました。
出典:https://www.calibre11.com/history-eta-7750-tag-heuer-calibre-16/
例えばブライトリングではバルジュー7750(ETA7750)の精度調整のしやすさを生かし、技術者が独自の調整を行うことで汎用ムーブメントとしては異例のクロノメーター化に成功しています。
その他のブランドにおいてもバルジュー7750をベースに優れたカスタマイズが施された名機は多く、自社ムーブメントに負けず劣らない良質なムーブメントに仕上げられたモノも珍しくありません。
バルジュー7750はいわば未完の大器です。
将来的にすばらしい存在になる器量を持っているからこそ、これほどまでに重宝されてきたのです。
オーバーホール料金/修理費について
バルジュー7750のメリットとしてオーバーホール料金や修理費が自社製造ムーブメントよりも安いことが挙げられます。
バルジュー7750は手巻きムーブメントだったものを自動巻きにリファインし、それを二階建てにしてクロノグラフ化したムーブメントであり、構造がシンプルかつ分かりやすい設計です。
複雑化しがちな自社ムーブメントと比較すると手間がかからず、パーツも出回っているため修理コストが抑えられます。
修理業者にもよりますが、バルジュー7750のオーバーホール基本料は約20,000円~とクロノグラフのオーバーホールとしてはかなり安価です。
機械式時計の維持費が気になるという方にこそ選んでほしいムーブメントだといえます。
バルジュー7750(ETA7750)搭載モデル 10選
ロレックス、オメガ、ブライトリング、タグホイヤー、ロンジン。バルジュー7750(ETA7750)を搭載した名機は数多く存在しています。
市場で高く評価されているモデルも多く、バルジュー7750の人気の高さが伺えます。
オメガ スピードマスターデイト 3513-50
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径 38.0mm
全重量:139g
駆動方式:自動巻き
ムーブメント:Cal.1152
パワーリザーブ:約44時間
防水性:50m
オメガを代表するスピードマスターシリーズ。Ref.3513-50は、ケースサイズ38ミリと程よい大きさで、腕の細い日本人に良く似合うモデルです。
スピードマスターの基盤モデルは横並びのインダイヤルですが、バルジュー7750ベースの3513-50は縦にインダイヤルが配置されたスポーティーな仕上がりとなっています。
スーツにもカジュアルな服装にもマッチし、様々なシーンでお使い頂けるのではないでしょうか。
ブライトリング オールドナビタイマー A142B02LBA(A13322)
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径 41.0mm
全重量:146g
駆動方式:自動巻き
ムーブメント:ブライトリング19
パワーリザーブ:約44時間
防水性:30m
「時計ではない、計器である。」1990年代初頭のブライトリングのキャッチコピーを、そのまま体現したモデル「ナビタイマー」。
このモデルは既に生産が終了したオールドナビタイマーと呼ばれるモデルで、バルジュー7750をベースに製造されました。
現行にはない縦目のインダイアルがクラシカルな印象を与え、今なお大きな人気を博しています。
ブライトリング クロノライナー Y241B10OCA(Y24310)
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径 46.0mm
全重量:202g
駆動方式:自動巻き
ムーブメント:ブライトリング24
パワーリザーブ:約42時間
防水性:100m
2015年に発表にされたクロノライナーは、1960年代に数多く採用されていたスチールメッシュ・ブレスレットを用いた新しい名機です。往年のスタイリングと最新技術との融合から生まれ、ベゼルは傷の付きにくいブラックセラミック製、2タイムゾーンGMT機能搭載も有します。
ムーブメントにはバルジュー7750をベースとした「ブライトリング24」を搭載。ブライトリングが抱える熟練の職人により、クロノメーター認定機としてカスタマイズされています。
46.0mmサイズの迫力あるディティールも人気の秘訣で、男らしい時計を探している方にお勧めです。
ブライトリング クロノマット エボリューション A156F17PA(A13356)
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径 43.7mm
全重量:207g
駆動方式:自動巻き
ムーブメント:cal.13
パワーリザーブ:約42時間
防水性:300m
製造終了となったクロノマット・エボリューションもバルジュー7750がベースとなっています。
自社ムーブメントの採用により高価になってしまったクロノマットですが、エボリューションシリーズは中古で20万円台で購入することが可能です。
ジン 103.B.AUTO ブレスレット
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径 41.0mm
全重量:146g
駆動方式:自動巻き
ムーブメント:ETA Valjoux 7750
パワーリザーブ:約44時間
防水性:30m
ジンの正式名称は、ドイツ語で「ジン スペツィアルウーレン」。創業は1961年と比較的新しく、ドイツ軍パイロットで飛行教官でもあったヘルムート・ジン氏が、フランクフルトでパイロットウォッチを作り始めたことに端を発します。
この 103.B.AUTOは『使うためだけの時計』作りに特化した時計で、高い視認性と機能性、そして堅牢な作りをもつ実用性の高いモデルです。
ドイツの税関犯罪局や連邦刑事局(BKA)などでも採用され、圧倒的なタフネスには定評があります。
チューダー クロノタイム 79160
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径 40.0mm
全重量:127g
駆動方式:自動巻き
ムーブメント:ETA Valjoux 7750
パワーリザーブ:約44時間
防水性:30m
ロレックスのデイトナをリスペクトしたチューダーの人気クロノグラフ「クロノタイム」。 ロレックスのパーツを流用し、実用度や機能面でもデイトナと遜色のない性能を誇るモデルです。
裏蓋とリューズにはロレックスのロゴ、バックルとダイアルにはチューダーのロゴが刻まれています。
バルジュー7750が採用されているため縦目のデザインとなっており、それがデイトナとの大きな差別化を生んでいます。
パネライ ルミノール パワーリザーブ オートマティック アッチャイオ PAM01090
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径 44.0mm
全重量:151g
駆動方式:自動巻き
ムーブメント:OP.XXXII
パワーリザーブ:約50時間
防水性:300m
44mmのステンレス製ケースに、自動巻きOP.XXXIIを搭載した「ルミノール・パワーリザーブ・オートマティック・アッチャイオ」。バルジュー7750のクロノグラムモジュールを取り払うことで自動巻きへと組み替えられています。
ルミノールコレクションの中では安価でお買い求めいただけるため、高級時計最初の一本としても人気があります。カスタマイズによりパワーリザーブが50時間に延長されていることも特徴です。
IWC ポルトギーゼ クロノグラフ IW371446
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径 40.9mm
全重量:88g
駆動方式:自動巻き
ムーブメント:キャリバー79350
パワーリザーブ:約44時間
防水性:30m
IWCのフラッグシップモデル「ポルトギーゼ」。
クロノグラフはどうしてもスポーティーになりがちですが、ポルトギーゼは「上品」「スタイリッシュ」といった印象が強く、オシャレな雰囲気を醸し出します。
シンプルなデザインでありながら、美しい文字盤や立体的な針。インデックス・針が金色のタイプを金針、青のタイプを青針と呼びますが、いずれもムーブメントにはバルジュー7750をベースにしたキャリバー79350を搭載しています。
バルジューの縦目デザインを生かした2カウンター設計は実にオシャレです。
タグホイヤー カレラ タキメーター クロノグラフ CV2010.BA0794
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径 41.0mm
全重量:182g
駆動方式:自動巻き
ムーブメント:Cal.16
パワーリザーブ:約42時間
防水性:100m
F1において5回のワールドチャンピオンにド輝いた伝説のライバー、ファン・マヌエル・ファンジオの装飾が施されたケースバックを備える「カレラ クロノグラフ CV2010.BA0794」。縦に配置された大きめのインダイアルや夜光付きのシンプルな針など、視認性の高いフォルムに仕上がっています。
バルジュー7750ベースのCal.16が搭載されており、見た目のスタイリッシュさから製造終了後も人気を博し続ける作品です。
タグホイヤー リンク タキメーター クロノグラフ CJF2115.BA0594
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径 42.0mm
全重量:182g
駆動方式:自動巻き
ムーブメント:Cal.16
パワーリザーブ:約42時間
防水性:200m
タグホイヤーの人気ライン、リンク・コレクション。幾度のマイナーチェンジを経て、非常に洗練された美しさを持つ時計へと進化を遂げました。
人間工学に基づいてデザインされた「S-LINK」と呼ばれる印象的なブレスレットが大きな特徴とし、レーシングファンから絶大な支持を集めています。
こちらもバルジュー7750ベースのCal.16を搭載しており、スポーティーな印象を放ちます。
まとめ
圧倒的なカスタマイズ性にコスパの良さ、そして豊かな歴史。バルジュー7750は汎用ムーブメントの枠に収まりきらない唯一無二の一級品です。
機能だけを見ると自社ムーブメントに劣ってしまうかもしれませんが、スペックだけでは推し量れない魅力を備えています。
バルジュー7750が好きな方はもちろんのこと、これまであまり興味を持ってこなかった方も是非この機会にもう一度バルジュー7750の良さを再確認してみませんか?
お気に入りのモデルがまた更にかっこよく見えてくるはずです。
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年