2021年、新型コロナウイルスは世界中で相変わらず猛威を振るっていたものの、時計市場は各国で活発化しました。
感染症対策のためレジャーや飲食といった「コト消費」は控えられた一方で、ラグジュアリー商品などの「モノ消費」が強まったことが、時計市場にとって追い風となった一年でもあります。
スイス時計輸出額は大幅に鈍化した2020年(「ここ80年では最悪の数字」と言われた年)とは打って変って好調を博しており、前年比30%超かつ過去最高値を記録することに!マーケットの回復はもちろん、さらなる拡張を感じさせたのも2021年の特徴ですね。
こういった中、アメリカ合衆国の総合情報媒体Bloombergは、モルガン・スタンレ―のレポートをもとに、2021年の収益が10億スイスフランを上回る時計ブランド七社を取り上げました。
この記事では、Bloombergの報道についてご紹介するとともに、この報道から見える高級時計業界の動向について解説していきます。
目次
スイス時計業界の収益ランキング。1位はロレックス。2位は?
スイス時計協会(FH)が2022年1月下旬に発表した2021年スイス時計輸出額は、前年比31%増の約233億スイスフラン(約2兆7,800億円)となっており、うち腕時計では212億スイスフランとのことでした。この数値はコロナ禍以前を上回ることはもちろん、過去最高水準であることを示しています。
では、好調な業界内でも、どのブランドがシェアを拡大しているのでしょうか。
下記のグラフは、Bloombergがモルガン・スタンレーのレポートをもとに公表した、収益が10億スイスフランを上回る時計ブランド七社とそれぞれの売上高です。モルガン・スタンレーは時計産業専門のコンサルタント会社「Luxe Consult(リュクス・コンサルト)」と共同でこの調査を行ったとのことです。
出典:https://www.bloombergquint.com/amp/onweb/audemars-piguet-tops-patek-philippe-in-revenue-report-says
なお、モルガン・スタンレーの調査では、各社の売上高を下記のように予測しています。
ロレックスなど収益を公開しない企業もあるためあくまで概算となりますが、その信頼性は業界内でとても期待されています。
ブランド | 売上高(CHF m.) | 売上本数 | 市場占有率 |
---|---|---|---|
ロレックス | 8,050 | 1,050,000 | 28.8% |
カルティエ(リシュモン) | 2,390 | 600,000 | 6.9% |
オメガ(スウォッチ) | 2,200 | 570,000 | 7.5% |
オーデマピゲ | 1,580 | 45,000 | 4.2% |
ロンジン(スウォッチ) | 1,540 | 1,800,000 | 5.6% |
パテックフィリップ | 1,530 | 68,000 | 4.8% |
リシャールミル | 1,130 | 5,000 | 2.7% |
ティソ(スウォッチ) | 850 | 3,100,000 | 3.1% |
IWC(リシュモン) | 802 | 160,000 | 2.7% |
タグホイヤー(LVMH) | 682 | 460,000 | 2.3% |
ブライトリング | 680 | 190,000 | 2.2% |
モルガン・スタンレーの調査結果を見ると、ロレックスが2位のカルティエと売上高を大きく引き離したうえで1位となっていることが見てとれます。なお、順位は例年のこととなりますが、さらに2021年は80億スイスフランという驚くべき数値を記録しており、ロレックスの圧倒的な強さがよくわかります。
次いでカルティエ、オメガが続ています。
ちなみに2020年まではオメガがロレックスの次につけていましたが、2021年はカルティエが躍進しました。オメガはスウォッチグループとなり、同じく傘下のロンジン・ティソも上位10ブランドに名を連ねています。リシュモングループではIWCも10位にランクインとなりました。
なお、2021年の売上高はスウォッチグループが73億1,000万スイスフランと公表。前年比30%増となり、黒字転換しています。リシュモングループは2021年決算については記事執筆時点でまだわかりませんが、2022年第3四半期(2021年10~12月)の決算では売上高56億5,800万ユーロと、前年比32%増かつ2019年と比較してもその水準を上回っています。
タグホイヤーやウブロ,ゼニスにブルガリなどといった高級時計ブランドを抱えるLVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)は2021年度の通期売上高は642億1500万ユーロと、前年比44%増かつ2019年度比でも20%増の数値を叩き出しました。
業界全体はもちろん、各社の売上高から見ても2021年は好調であったことがわかりますね。
ただしスイス時計協会の発表では、輸出本数は2019年と比べて約24%のマイナスとなっており、高単価の時計への高い需要が見て取れます。
特筆すべきはオーデマピゲの躍進。パテックフィリップを収益で超える
モルガン・スタンレーのレポートを見ると、2021年、オーデマピゲがオメガに次いで4位に付けていることがわかります。
従来4位につけていた、同じく世界三大時計ブランドであるパテックフィリップが後塵を拝する形となりました。オーデマピゲがパテックフィリップを収益で上回るのは、初めてのことと言います。これは、Bloombergを始め、多くのメディアで衝撃を以て報道されることとなりました。
オーデマピゲは1875年に創業したスイスの老舗ブランドです。誕生以来、創業家一族によって経営が連綿と続けられている、大変稀有なブランドでもあります。ラグジュアリー・スポーツウォッチという概念を時計業界に植え付けることとなった「ロイヤルオーク」を筆頭に、高級メゾンらしい至高の逸品を世に送り出してきました。
2019年には基幹モデルにあたる3針ロイヤルオークをフルモデルチェンジし、Ref.15500系をローンチ。また同年には新コレクションとなるCODE11.59を発表するなど、老舗の名にあぐらをかかない、革新性でも知られています。
また近年ではロイヤルオークが、パテックフィリップのノーチラスと並んで、定価を大きく上回るプレミア価格で売買されていることが業界内では度々話題になっています。
こういった革新性や話題性に加えて、幅広いラインナップと年々進化するスペックを強みに、顧客を獲得し続けているのはオーデマピゲならでは。
ちなみに東京 銀座に店舗を構える当店GINZA RASINでも、オーデマピゲは非常によく売れる商品です。2021年の売上本数では第10位となり、売上高では第3位を記録することとなりました。
モルガン・スタンレーの調査に協力したLuxeConsultは、2022年にロイヤルオークが50周年を迎えることを鑑みて、さらに記録的な一年になるであろうと予測しています。
もっともパテックフィリップも15億スイスフラン超と、好調な収益を維持しています。
パテックフィリップは実売価格の急騰で市場を賑わせていたノーチラス Ref.5711系の生産終了を決定しましたが、その後継機や、ますます拡充するコンプリケーション・ウォッチの動向からも目が離せません。
二極化する腕時計市場。2022年の動向は?
過去類を見ない好景気を迎えているかに思われる時計市場。しかしながら、懸念事項も散見されます。
その最たるものは、時計市場の価格における二極化です。
前述の通り、スイス時計協会の発表によると、2021年のスイス時計輸出本数は約1572万本となっており、2019年と比較して約24%のマイナス成長です。さらにモルガン・スタンレーの調査ではスウォッチグループが2019年以降、市場シェアをじょじょに失っていることを示唆しており、これはスウォッチグループがロンジン,ハミルトンやミドー,ティソといったミドル~エントリープライスのブランドを抱えていることが関係していると思われます。
すなわち、消費者の需要は高価格帯の商品に集中しており、一方でカジュアルクラスの腕時計は決して順風満帆とは言い難い状況が続いているのです。スイス時計協会でも、長らく500スイスフラン未満の時計輸出の落ち込みは指摘されていました。
輸出先 | 輸出額(CHF m.) | 前年比 | 市場占有率 |
---|---|---|---|
1.USA | 252.3 | +37.5% | 14.8% |
2.中国 | 224 | -12.2% | 13.1% |
3.香港 | 151.9 | -10.3% | 8.9% |
4.日本 | 116.1 | +9.2% | 6.8% |
5.イギリス | 100.9 | +26.1% | 5.9% |
6.シンガポール | 93.1 | -12.1% | 5.5% |
市場の二極化には、いくつかの背景があります。中でも腕時計への需要を下支えしているのが一部の富裕層といったものは大きいでしょう。
上の表は、スイス時計協会が発表した2022年2月の、スイス時計の主要輸出先です。
このスイス時計協会のメインマーケットが示すように、トップのアメリカ合衆国・2位の中国市場に需要を依存しているきらいはあります。
※なお、香港の成長鈍化は2019年以降の、国家安全維持法の施行などに代表される政治的混乱が大きく影響していると考えられます。フリーポート(輸出入に関税のかからない地域のこと)であった香港は古くから時計の一大市場としてバイヤーなどの買い付けが活発に行われていましたが、情勢悪化によって市場は縮小傾向にあります。
新型コロナウイルスによってレジャー等への消費が減少したことに加えて、世界的な金融緩和制作が採られたことで株価が上昇し、こういった富裕層が「カネあまり」の状態に。実物資産である腕時計へ買いを集中させる傾向が見られるようになりました。
もともと時計は資産価値が高く、他の商材と比べても売買しやすい性格を持ちます。使って楽しんだ後でも、5割~6割ほどの買取率で手放せるといったことは珍しくありません。
しかしながら近年では時計市場全体が値上がり傾向となっており、資産価値への注目度がかつてないほど高まっているのです。中にはロレックスのスポーツラインやパテックフィリップのノーチラス,オーデマピゲのロイヤルオークにヴァシュロンコンスタンタンのオーヴァーシーズなどの人気モデルのように、二次流通市場で定価を大きく上回るような実勢相場を記録するケースも多々見られ、市場は狂騒を帯びるほどにますます過熱しています。
資産価値が独り歩きする市場の過熱は、高くなりすぎた製品に対して一般ユーザーの買い控えが起きたり、ブランドが価格をコントロールできず、ブランド価値が棄損されてしまったりと、弊害もあります。さらにウクライナ情勢や中国経済の鈍化,今なお新型コロナウイルスの色濃い影響などといった不安材料も無視できません。
しかしながら当店での売上傾向を見てみると、ロレックスやオーデマピゲ等の相場急騰ブランドのみならず、オメガやタグホイヤー,ウブロにIWCといった各種ブランドが総じて好調な売れ行きを博しています。また近年では各ブランドで独自の新作見本市を開催したり、オンライン販売に力を入れたり、新型コロナウイルス禍の中でいっそうユーザビリティ高い戦略が採られていること。さらに製造技術の発達で、これまでになかった色使いや素材使いを楽しめる、魅力的な新作の数々が登場していることなどからも、2022年の時計業界・市場の動向は明るいものであると信じたいところです!
まとめ
Bloombergが報道した、時計業界の収益トップ7ブランドを中心に、2021年の時計市場の傾向、そして2022年の動向について解説致しました!
新型コロナウイルスを乗り越え、過去最高の輸出額を記録したスイス時計。またそんな中で好調な収益を実現している各ブランド。一方、苦戦する低価格帯のブランドなどといった、業界内の動向が見えてきたのではないでしょうか。
腕時計市場は社会情勢や為替などと密接に関わっているため、2022年には懸念材料がまだ多く残ります。しかしながら魅力的なプロダクトをリリースし、ファンをいっそう増やすブランド各社は健在です。そんな至極のプロダクトを見ていると、今年も市場は成長していくであろう。そんな期待を綴って、筆を置くこととします。
当記事の監修者
田中拓郎(たなか たくろう)
高級時計専門店GINZA RASIN 取締役 兼 経営企画管理本部長
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチコーディネーター
当サイトの管理者。GINZA RASINのWEB、システム系全般を担当。スイスジュネーブで行われる腕時計見本市の取材なども担当している。好きなブランドはブレゲ、ランゲ&ゾーネ。時計業界歴12年