パーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーターと並んで世界三大複雑機構に数え上げられてきた、トゥールビヨン。
トゥールビヨンは時計製造技術の中で最も難しく、最も高額な機構のうちの一つと言われていました。一方でその動きの美しさ,あるいは機構そのもののロマンから非常に購買ニーズが高く、各社が競って製造に取り掛かってきたジャンルでもあります。
近年ではテクノロジーの発達から製品・価格帯の幅も広がっており、トゥールビヨン市況はかつてない盛り上がりを見せつつあります。
- そももそもトゥールビヨンとはどのような機構なのか?
- トゥールビヨンを製造しているブランドは?
- 現在、トゥールビヨン搭載モデルはいくらくらいするのか?
こんな疑問をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。
この記事では、トゥールビヨンの歴史や仕組みはもちろん、業界最前線の「今」を含め、美しくも精緻なトゥールビヨンの世界を徹底解説致します。
目次
トゥールビヨンとは?
まず最初に、トゥールビヨンの基礎知識についてご紹介致します。
①トゥールビヨンの歴史
トゥールビヨンの歴史は、機械式時計の精度向上の歴史です。
機械式時計は17世紀に基本構造が完成されましたが、今なお日に数秒~数十秒、遅れ・進みが生じてしまうことが珍しくありません。
そして各時計メーカーがこの遅れ・進み(精度)の解消に向けて、長年尽力してきました。
この精度向上の一環として1800年前後に発明されたのがトゥールビヨンです。
画像引用:SEIKO
上記の図のように、機械式時計は香箱(1番車)に収められたゼンマイが、ほどける力を利用して時刻を刻みます。
ゼンマイがほどける⇒これを格納する香箱車が回転する⇒2番車⇒3番車⇒4番車へと動力が伝わっていき、ガンギ車を介して脱進機・調速機を動かしていきます。
一方でチョロQなんかをご覧頂くとわかりますが、普通ゼンマイはあっという間にほどけきってしまいますよね。
しかしながら脱進機・調速機によってこのゼンマイがほどける速度を制御することで、機械式時計はより正しい時刻を刻むこととなります。
つまり、この脱進機・調速機にこそ「精度向上」のカギがある、と。
ではこの脱進機・調速機でどうやって精度を取るかと言うと、ミソは「テンプ」と呼ばれるパーツにあります。
テンプには伸縮自在なヒゲゼンマが取り付けられており、ゼンマイのエネルギーが通っている間は、規則正しい往復運動を繰り返しています。
「振り子はひもの長さが同じなら、振り幅に関係なく往復に掛かる時間は同一となる」このガリレオ・ガリレイによるあまりにも有名な「振り子の等時性」を利用して、振り子の重りにあたる「テンプ」がより高速でより安定した振動を繰り返すことで、高精度な制御が可能となっているのです。
このテンプは時計にとって非常に重要なパーツです。しかしながらこれを構成するヒゲゼンマイが、外乱の影響を受けやすいという課題を常に抱えてきました。
この外乱の一つに「姿勢差」があります。
姿勢差とは時計の向きやポジションの変化により、ムーブメントにかかる重力の方向が違ってくることで生じる、時計の誤差のことを指します。ヒゲゼンマイが、重力方向の変化によって規則正しい伸縮を行わなくなるのです。
18世紀末~19世紀、懐中時計の時代。懐中時計は垂直携帯となるため、姿勢差の影響を大きく受けやすいことが一つの弱点でした。
すなわち、前述したヒゲゼンマイに大きな影響を及ぼすこととなります。
そこで「時計の歴史を200年早めた」と名高いアブラアン=ルイ・ブレゲ氏が、この姿勢差を解消するためにトゥールビヨンを発明します。
画像引用:Breguet
ちなみにブレゲ氏が特許を取得した日にちが1801年6月26日のため、今でも氏の名前を受け継ぐブレゲ社では、この日を「トゥールビヨンの日」として、お祝いしているとのことです。
ブレゲ氏はトゥールビヨンの他、同じく世界三大複雑機構として並ぶミニッツリピーター、永久カレンダーを開発した経歴を持ち合わせます。
そんな氏でもトゥールビヨンの開発には10年を費やし、市販化にはそれから4年がかかっています。
さらに言うと、氏の存命中のトゥールビヨン製造数は35個。
こういったエピソードから、いかにトゥールビヨンの製造難易度が高いかおわかりいただけるでしょう。
では、姿勢差を解消するトゥールビヨンとは、いったいどのような仕組みなのでしょうか。
②トゥールビヨンの仕組み
トゥールビヨンは一定の姿勢でいることを、時計自らが補正していくという特殊機構です。
前述した「姿勢差」の課題を、時計のあるパーツを動かすことによって解決する、というのがその目的となります。
このあるパーツとは、すなわちヒゲゼンマイです。
ブレゲは、いっそヒゲゼンマイ含むテンプの姿勢を変化させ続けることで、地球上のどこにいても逃れられない重力の影響を平均化させようと試みました。
そこで、脱進機・調速機構をまるごとキャリッジ(籠)に格納してしまい、かつキャリッジごと回転させることで重力からの影響を分散させる荒療治に出たのです。
このキャリッジは秒針が取り付けられる4番車と相関関係にあります。
キャリッジと固定された四番車の間にあるガンギ車と噛み合うことで、キャリッジが回転する仕組みに。
そのため1秒間に1回転を可能としており、スモールセコンドの役割を果たすこともできます(上記画像のセンターはクロノグラフ針)。
このキャリッジが回転する様が「渦のようだ」ということから、トゥールビヨン(仏語で渦)と名付けられました。
画像引用:Breguet
※トゥールビヨンの基本構造。キャリッジを、二本のブリッジが支えるような設計になっている
言うは易し、と申しますが、この仕組みを完成するにはまず「軽量なキャリッジ」が必要となります。
なぜならゼンマイのトルクはそこまで大きくなく、重いキャリッジを動かすようなエネルギーは実現が難しいためです。
さらにキャリッジ内部では常に往復運動を繰り返しているテンプが格納されているため、この動きを妨げず、かつスムーズな回転をサポートするためには完璧な重要バランスも求められます。
なお、この機構を構築するためには150をゆうに超えるパーツが必要となります。
もっとも、高精度なパーツを作ったとて、それらを精密精緻に組み立てなければならない…
画像引用:Breguet facebook
こういった背景により、トゥールビヨンは非常に製造難易度が高く、1980年代には「製造できる時計師は世界で10人しかいない」などと言われていました。
当然価格帯も超高額で、1000万円以上の値付けが当たり前。
トゥールビヨンの歴史や仕組みを知ると、あの美しい動きの中にドラマやロマン(そして高額な理由)が秘められていることに気づかされますね。
※以上はトゥールビヨンの基本原理となります。ブランドや時計師によっては、構造や仕組みに違いがあります。
トゥールビヨンの最前線。テクノロジーの発達でどう変わった?
「世界で最も複雑な機械式時計」として位置付けられてきたトゥールビヨン。
とは言え時計製造技術が発達したことによって、その様相が変わってきています。
トゥールビヨンへのきわめて高いニーズはそのままに、各社のラインナップはどう変わり、どのような挑戦が行われてきたのか?
詳しく解説致します。
①トゥールビヨンの必要性
令和の時代、実はトゥールビヨンで「姿勢差を解消する」必要は、あまりありません。
と言うのも、現在ヒゲゼンマイ等の材質向上や技術躍進により、腕時計への姿勢差の影響は格段に少なくなっているためです。
つまり、トゥールビヨンを精度向上のために採用する実用的な意味は低くなっているのです。
それどころか、トゥールビヨンのパーツ数の多さやキャリッジを回転させるためのトルクの重量などにより、通常のムーブメントに比べ重力の影響を受けやすい・あるいは衝撃に弱いといった弱点も・・・!
実際、戦後にオメガやパテックフィリップが開発に挑みましたが精度ではあまりふるわず、1969年以降のクォーツの台頭と併せてその有用性は失われつつありました。
しかしながら1983年、ブレゲがトゥールビヨンモデルを復活させます。
画像引用:Breguet
世界的に見て希少で複雑な機構を、「時計の精度向上のため」ではなく「時計のステータス」として売り出したのです。
つまり、趣味性を前面に打ち出したというわけですね。
この戦略は見事成功。
製造できる時計師が世界的に少数であるレア感に加え、トゥールビヨンの渦の美しさそのものが時計愛好家にはたまらないロマンとなりました。
そのためトゥールビヨンモデルの多くは文字盤をシースルーにし、その渦巻く様を鑑賞できる仕様となっています。
画像引用:professionalwatches
現在、機械式時計の市況はきわめて好調と言ってよく、とりわけトゥールビヨンを始めとした複雑機構へのニーズがかつてないほど高まっています。
やはり、この美しく精緻な世界観に惹かれるのは、時計好きとしては宿命のようなものなのかもしれませんね。
そのため、ブレゲやパテックフィリップ,オーデマピゲにヴァシュロンコンスタンタンといった数々の名門は言わずもがな。タグホイヤーやウブロ,IWCにカルティエやブルガリといった人気時計ブランドもトゥールビヨン製品を続々ラインナップさせてきました。
この背景には、もう一つのトゥールビヨン最前線が垣間見えます。
②トゥールビヨンの実用化
1990年代、複雑機構と言うと美しい一方で、繊細・ケースがボリューミー・そして超高額でといった特徴がありました。
中には「オペラにコンプリケーションウォッチを着けていき、最後にスタンディングオベーションで手を叩いたら壊れた」なんて逸話もあるほどです。
複雑機構を搭載した腕時計は「デイリーユース」と言うよりも、やや鑑賞用なきらいがあったものです。
しかしながら近年、時計産業にも大きな影響を及ぼすハイテクノロジーの波により、この様相が一変しています。複雑機構もまた実用性が訴求されるようになったのです。
そんな中でトゥールビヨンもまた、「安い・壊れにくい・薄い」といった実用時計として欠かせない要素を、巧みに組み込むに至りました。
とりわけ2016年のバーゼルワールドにおいて、トゥールビヨン革命と騒がれるようになったある新作がタグホイヤーからリリースされたことは、記憶に新しい方もいらっしゃるでしょう。
カレラ キャリバーホイヤー02T トゥールビヨンです。
このタグホイヤーが手掛けたトゥールビヨン、なんと、定価が200万円台!初出は1,675,000円でした。
高級時計の象徴とも言うべきトゥールビヨン。
一千万円が当たり前だったトゥールビヨン。
それをタグホイヤーは、300万円をきるような価格で実現したのです。
この年のバーゼルワールドを多いに沸かせたことは言うまでもありません。
この流れを後押ししているテクノロジーの一つが、「CAD」でしょう。
CAD(Computer Aided Design)とは簡単に言うと、コンピューターを用いて作図できるソフトウェアです。
このCADによって、従来設計図に手書きしてきた工程が排され、スピーディーに、そしてより緻密にコンピューター上で図面作成することが可能となりました。
とりわけ立体的な3D CADによって、前述した「キャリッジの重量バランス」「精緻な組立」が大きく手助けされます。
また、時計のみならず多くの製造業に言えることですが、加工成型や製造工程をデジタル化することで、これまで手作業に頼っていた部分の工業化に成功し、多くのブランドが低コストで手掛けられるという汎用性をトゥールビヨンは獲得したのです。
いわゆる、デジタルトランスフォーメーション(DX)というやつですね。
ちなみにこのカレラの誕生後、グラハムがクロノファイターで367万2000円のトゥールビヨン搭載機を出したり(2019年)、ユリスナルダンがマリーンコレクションから3,499,200円のトゥールビヨンを出したり(2017年)と、比較的安い製品が続々登場しました。
現在ではメモリジンといったミドルレンジのブランドから、50万円台のトゥールビヨンがリリースされるまでに至っています(もともとメモリジンが2000年頃に、低価格帯トゥールビヨンの先鞭をつけていましたが)。
1000万円が当たり前といった時代から比べると、トゥールビヨンは一般ユーザーにもより身近になったと言えますね。
テクノロジーの発達という恩恵を受けて、このトゥールビヨンの実用化の波は今後ますます広がっていくでしょう。
③トゥールビヨンの多機能化・高性能化も見逃せない
前項で「安い」トゥールビヨンについてご紹介致しました。
加えて壊れづらい,薄い,精度が良い…こういった時計に求められる実用面も、近年のトゥールビヨンは実現しつつあります。
画像引用:Breguetfacebook
例えばデジタル化でよりパーツの小型軽量化が可能となった結果、トゥールビヨンをコンパクトにセッティングし、空いたスペースでパーペチュアルカレンダーやミニッツリピーターといったさらなる複雑機構を搭載する試みも普及してきました。
ちなみにブレゲなどはわずか0.290グラムのキャリッジを搭載したCal.581を開発しており、ここに均時差インジケータを追加するなどをやってのけています。
もちろん、複数の複雑機構を搭載したグランドコンプリケーションウォッチは、従来から存在しました。
しかしながらより緻密に行えるようになったことは事実です。
また、パーツ改良のみならず、設計を一から見直すことで「壊れづらい」トゥールビヨンができたことも事実です。
とりわけ超高級時計と名高いリシャールミルが「投げても壊れないトゥールビヨン」に成功したことは、時計業界に大きな一石を投じました。
画像引用:RICHARD MILLE
コンプリケーション全てに言えることですが、機構が複雑になればなるほどパーツが増え、ちょっとの衝撃や誤作動で壊れやすいという欠点があります。
また、摩耗も比較的早く、維持費がかかってしまうことにも繋がりますね。
しかしながらリシャールミルは、「投げても壊れないトゥールビヨン」「テニスプレイ中も着用できるトゥールビヨン」の製品化に成功していきます。
リシャールミルは2001年に登場した新興時計メーカーです。
2000万円を超える超高額時計をラインナップすることでも有名で、新興でありながら「成功者が身に着ける」とも言われてきました。
ちなみにZOZOTOWNの前澤元社長の愛機です。
そんなリシャールミルが製造する”トゥールビヨンモデル RM001″。
同社のファーストモデルでもあるのですが、カーボナノファイバーと呼ばれる、カーボンを高級時計仕様に独自進化させた軽量かつ強靭な素材をパーツに利用することでこの「投げても壊れない」を実現するに至ったのです。
さらに付け加えると、トゥールビヨンに限らずコンプリケーションにありがちな悩みの一つに、どうしてもムーブメントが大型になってしまう、というものがあります。
しかしながらこれまたCAD技術などの利用によってトゥールビヨンのキャリッジなどの小型化が進み、ケースの薄型化が実現されていきました。
ちなみに先ほどからCADを使った製造手法をご紹介しておりますが、もちろん設計したものを実際の時計として、精度を狂わせないように組み立てることには時計製造自体の高い技術力は欠かせません。
そのため、便利になったとは言え、どのブランドもトゥールビヨン製造が可能かと言うとその限りではありません。
話が逸れましたが、このようにコンピュータを用いても非常に困難なトゥールビヨン。
それを世界最薄とした至高のブランドはブルガリです。
画像引用:BVLGARI
2014年に厚みわずか1.95mmの手巻きトゥールビヨンムーブメントを、ついで2018年にはこの厚みそのままに自動巻きとしたオクトフィニッシモ トゥールビヨン オートマティックを発売しました。
ちなみに自動巻きはローターがある分、厚みが増します。
しかしながら初出の手巻きが5mmケースであったのに対し、後者の自動巻きは3.95mm・・・
驚くべきことなのですが、ペリフェラルローターという外周をくるくる回ってゼンマイを回す機構を用いて実現したとのこと。
画像引用:Chopard facebook
なお、ショパールも2019年、同社初となるフライングトゥールビヨンを備えた、厚さわずか7.2mmのL.U.Cコレクションを輩出しました。
こういった安い・強い・薄いの他、14日間のパワーリザーブを備えたヴァシュロンコンスタンタンの14デイズ・トゥールビヨン、約80時間のパワーリザーブを備えたブレゲのマリーンCal.581搭載トゥールビヨンなど、「使うこと」を前提に利便性が組み込まれたトゥールビヨンが年々増えていっています。
さらにはトゥールビヨンが精度向上の歴史であることに目をつけ、より「正確な時刻」への追い込みをかけるブランドも。
私たちに、より身近になったトゥールビヨン、この機会に一本狙ってみても良いですよね!
もっとも、現在のトゥールビヨンが全て工業製品かと言うとそうではありません。
やはり自社製造できるブランドは限られていますし、中にはあくまで手作業にこだわる「技術屋」も見られます。
そのためトゥールビヨンのロマンは相変わらずであり、機械式時計の歴史を象徴するかのような存在と言えます。
トゥールビヨンの種類~基本から超絶技巧まで~
人気の複雑機構・トゥールビヨン。
前述の通り近年では様々に進化を遂げており、「実用面」以外にもブランドによって目で見て美しくも面白い新機構が構築されています。
基本的なものから「何のためにここまで!?」と驚かされるような超絶技法まで。
各メーカーが研究・開発にいそしむ種々のトゥールビヨンをご紹介いたします。
①ノーマルトゥールビヨン
まず一つ目が、ノーマルトゥールビヨン。
先程ご紹介した、キャリッジとそれを固定するためのブリッジを持つ、昔ながらの手法です。
②フライングトゥールビヨン
フライングトゥールビヨンとはブリッジをなくし、キャリッジが浮いているように見える機構のこと。
トゥールビヨンの動きをもっとよく見るために近年開発されました。
完全になくしたものからブリッジを一本にしたもの、ブリッジを細くしパッと見ではわからないようにしたものなどブランドによって工夫がありますが、いずれもブリッジで支えられたキャリッジより均衡が崩れやすいため、難易度は格段に上。
キャリッジ自体も軽量にしなくてはなりません。
↑タグホイヤーのフライングトゥールビヨンCAR5A8W.FT6071
ちなみにカルティエのマニュファクチュールが誇るミステリークロック。
透明なディスクを針やムーブメントが浮いているように見える超絶技法ですが、そのトゥールビヨンも圧巻。
なんでもパーツを巧妙に隠し、2枚のサファイアクリスタルに支えられているのだとか。
トゥールビヨンは趣味性の高い機構となっていますが、その究極がカルティエのこのシリーズではないでしょうか。
ブランパンやピアジェもまた、この手法をとっているようです。
③ジャイロトゥールビヨン by ジャガールクルト
時計界屈指の職人集団・ジャガールクルトが手掛けるトゥールビヨンは、一味も二味も違います。
トゥールビヨンを進化させ、新たな種類を生み出してしまうのですから。
それは、3D球体ジャイロトゥールビヨンです!
画像引用:JAEGER-LECOULTRE facebook
ジャイロトゥールビヨンとは、ジャガールクルトが開発した、世界初の3D球体トゥールビヨンのこと。
多軸トゥールビヨンと呼ばれるものの一つで、3次元キャリッジによってガンギ車やテンプを回転しているのですが、この球体にすると言う技術の難易度の高さは、このキャリッジを見ていただければ一目瞭然でしょう。
もちろんただキャリッジを3Dにするだけでなく、調速機構自体もそれに合わせて映える仕上がりになっているところがすごいところ。
精度を狂わせないように、この機構を組み立てなくてはならないためです。
立体的に球体キャリッジが回転することにより重力の影響を最小化するばかりか、目で見ても美しい仕上がりとなりました。
パーツにはステンレススチールではなく軽量で加工性に富むアルミニウムを採用するなど、機能面で細部にもこだわりを見せます。
このこだわりのジャイロトゥールビヨン、永久カレンダーにレトログラード機構をも採用したモデルが4300万円・・・
ちなみに日本のテレビ番組でも紹介され、機構そのものより価格帯にやはり驚かされていました。
画像引用:JAEGER-LECOULTRE facebook
SIHH2019でも、このジャイロトゥールビヨン第五作目にあたる新作が発表されていましたが、今のところ時価です。
もちろん一般流通用ではないのでしょうが、もはや鑑賞用の美術品か?と思わせる価格帯です。
④ユニークなキャリッジへの挑戦
画像引用:Vacheron Constantin facebook
繰り返しになりますが、トゥールビヨンにおいてデジタルトランスフォーメーションの追い風が強く吹いています。
特に、トゥールビヨンの美しさの要となるキャリッジを、CADや3Dプリンターといったコンピュータツールを使ってユニークなものとへと変身させる手法がとられるようになりました。
画像引用:Vacheron Constantin facebook
掲載している画像は、ヴァシュロンコンスタンタンのトゥールビヨンです。
これは、同社のブランドロゴであるマルタ十字をキャリッジにしたもの。
非常にユニークですよね。
ちなみに該当モデルはSIHH2019で発表になったオーヴァーシーズ搭載機ですが、スポーツモデルなのにクラシカルなトゥールビヨンとよくマッチしているのは、キャリッジのフォルムに拠るところも大きいのではないでしょうか。
⑤複数トゥールビヨンの搭載
画像引用:HARRY WINSTON
一つ作るだけでも難易度の高いトゥールビヨン。
しかし近年では、複数個を搭載させたユニークかつ超絶なコンプリケーションとして打ち出すブランドも出てきています。
上記の画像は、ハリーウィンストンが2019年に発表した「史上初の4軸トゥールビヨン」です。
この時計、そもそも通常の機械式時計の常識を大きく逸脱したモデルです。
と言うのも、このトゥールビヨンはそれぞれ36秒で一回転に調整されているのですが、なんとそれぞれが独立し、独自の速度で稼働しています。
「ディファレンシャルギア」と呼ばれる差動装置を三つ搭載することで、こちらを可能としました。
ちなみにこのムーブメントに使われているパーツは、総数673個とのこと!
画像引用:ZENITH facebook
こちらは、ゼニスがエルプリメロ50周年として発売したダブルトゥールビヨンです。
いずれにせよ「アニバーサリー」のような立ち位置で、なかなか実機を見る機会はそうありませんが、確実にトゥールビヨンの趣味性は進化し続けていると言えるでしょう。
トゥールビヨン搭載モデル紹介
時計技術の最高峰・トゥールビヨンを搭載した、各社渾身の力作モデルをまとめてみました!
オーデマピゲ ロイヤルオーク トゥールビヨン クロノグラフ オープンワーク 26347PT.OO.D315CR.01
型番:26347PT.OO.D315CR.01
素材:プラチナ
ケースサイズ:直径44mm
文字盤:スケルトン
駆動方式:手巻き
オーデマピゲ2016年新作。
かの有名なジェラルドジェンタ氏デザインのロイヤルオークにトゥールビヨンを搭載させた、最上級の美しさを放つコンプリケーションウォッチです。
ちなみにトゥールビヨンを始めて腕時計に搭載させたのはオーデマピゲでした。それまでは懐中時計の時代でしたから。
ケース素材には従来のステンレスではなくプラチナを採用。
未だかつてない重量感と高級感を持ち合わせた仕上がりとなりました。
スケルトンダイアルおよび裏蓋からは自社製手巻きムーブメント2936の精密な動きが鑑賞できます。
ケースサイズは44mm。
パワーリザーブ最長72時間、20m防水のスペックを誇る最高級の一本です。
オーデマピゲ ロイヤルオーク GMT トゥールビヨン コンセプト 26560IO.OO.D002CA.01.A
型番:26560IO.OO.D002CA.01.A
素材:チタン×セラミック
ケースサイズ:直径44mm
文字盤:スケルトン
駆動方式:自動巻き
現行のトゥールビヨン搭載ロイヤルオークの中でも、随一の力強さとかっこよさを誇る一本。
最先端の時計コレクターや愛好家のためのモデルですが、男性なら誰でも惹かれる外観と技術を備えているのではないでしょうか。
ケースサイズは44mm、パワーリザーブはなんと約237時間!
世界三大時計メーカーに数え上げられる、オーデマピゲの高度で革新的な技術を目の当たりにすることができます。
100m防水と、非常に実用的な一本でもあります。
■オーデマピゲ ロイヤルオークの選び方を徹底解説!定番?オフショア?全シリーズ総ざらい
タグホイヤー キャリバーホイヤー02T トゥールビヨン CAR5A8Y.FC6377
型番:CAR5A8Y.FC6377
素材:チタン
ケースサイズ:直径45mm
文字盤:スケルトン
駆動方式:自動巻き
前項でご紹介した、タグホイヤーが時計の歴史に一石を投じることとなった革命機。
素材にチタンを、ベルトにブラックラバー/アリゲーターストラップを採用したことにより、トゥールビヨンとは思えない実用性を誇ります。
ちなみにタグホイヤーのトゥールビヨンは全てCOSC認定。
ケースサイズは45mm、パワーリザーブ最長65時間、100m防水と、これまた実用性が十二分ですね。
ハリーウィンストン オーシャンプロジェクトZ5 OCEATG45ZZ001
型番:OCEATG45ZZ001
素材:ザリウム
ケースサイズ:直径45mm
文字盤:グレー
駆動方式:自動巻き
先ほど4軸トゥールビヨンを搭載したイストワールもご紹介いたしましたが、実はジュエラー・ハリーウィンストンもまたコンプリケーション開発に余念のないブランドです。
とりわけ2004年にスタートしたプロジェクトZシリーズでは、ザリウムと呼ばれる新素材を用いつつ、レトログラードやデュアルタイムなど、多彩な機構を採用することで、同社の中でも特別感溢れるコレクションとして打ち出してきました。
こちらは、2008年に誕生したZ5です。
デュアルタイムとトゥールビヨンの合わせ技となっていること。
通常センター針となることが多い時針やGMT針を異ダイアルとして表現したことから、唯一無二の独創性をも獲得しました。
現在は生産終了しておりますが、今なお時計愛好家の間では傑作として語り継がれています。
ユリスナルダン マリーン 1283-181/E0
型番:1283-181/E0
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径43mm
文字盤:ホワイト
駆動方式:自動巻き
知る人ぞ知る名門時計メーカー・ユリスナルダン。
19世紀半ばより航海に用いられた「マリーンクロノメーター」の担い手として名高かっただけあり、高度な時計製造にかけては天下一品のブランドです。
錨のトレードマークからも、その矜持が伝わってきますね。
こちらのマリーンは、そんな航海用クロノメーターを腕時計に落とし込んだ同社のフラグシップ・コレクションです。
6時位置に配置されたトゥールビヨンの美しさを、グラン・フー・エナメル文字盤や上品なローマンインデックス、そして独特の針達が引き立てます。
パワーリザーブインジケーターや100m防水など実用性も兼ね備えており、デイリーユースにもお勧めしたいトゥールビヨンとなっております。
まとめ
長いながい時計の伝統に君臨する複雑機構・トゥールビヨンをご紹介致しました。
多くの時計職人・時計愛好家を虜にしてきた精密精緻で美しい世界。その一端をお伝えできていれば、と思います。
近年ではより身近に当該機構のロマンを味わえるとあって、狙っている方も多いのではないでしょうか。
当店でもタグホイヤーやウブロといった売れ筋商品を中心に入荷を頑張っておりますので、気になるモデルがある方はぜひお問合せ下さい!
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年