時計はとても繊細です。水や衝撃はもちろんのこと、磁気によっても不具合が生じる場合があります。
そこで今回は時計と磁気の関係性について解説していきます。
「時計を磁気が発生するものに近づけていけない」
これは時計を扱う上で非常に重要なことなので、覚えておきましょう。
出典:https://www.omegawatches.jp/ja/
目次
時計が磁気に弱い理由
まだ電化製品が一般普及する前は磁力を発する機械が少なく、時計が磁力にさらされることは稀でした。
しかし、スマホやタブレット、パソコンといった電化製品が身近になった現代においては、時計は常に磁気を帯びるリスクをもっています。
これらの製品を全く使わずに生活している方は殆どいないため、時計と磁気は非常に密接な関係性をもっているといえるでしょう。
なぜ時計は磁気に弱いのか?
時計が磁気に弱い理由は時計の心臓部であるムーブメントが「金属パーツの集合体」であるからです。いわゆる強磁性体というやつですね。
細かく精密に作られたこれらのパーツはどれも磁気を帯びやすい性質を持っており、時計に磁力元が接触することでパーツが磁気帯びをします。
時計が磁気に弱いというよりはムーブメントが磁気に弱いといった方が正しいかもしれません。
磁気を帯びた金属同士は引き寄せ合ったり離れたりするため、精密に設計されたパーツの位置が狂ってしまうことになります。
出典:https://www.omegawatches.jp/ja/
ムーブメントが磁気帯びをしてしまった場合、時間が進む・遅れるといった不具合が生じます。
そこまで磁気帯びしていない場合は磁力元と時計を離すことで正常な動作を取り戻す場合がありますが、いつまでも精度が悪い状態が続く場合は完全に磁気帯びをしてしまったといえるでしょう。
その場合は修理店で磁気を取り除く必要があります。
耐磁時計でなくても時計はある程度の磁気には耐えられるため、磁力の強いモノによほど密接させなければ強く磁気帯びすることは稀です。しかし、スマホのスピーカー部分やバッグの留め金など、強力な磁界を持つ身近な製品もあるので注意は欠かせません。
主な電化製品とその磁界
スマホ スピーカー部分 | ~16,000 A/m (密着状態) | ~400 A/m (5cm 離した状態) | 0 (10cm 離した状態) |
---|---|---|---|
携帯電話 スピーカー部分 | ~22,400 A/m (密着状態) | ~1,600 A/m (5cm 離した状態) | ~240 A/m (10cm 離した状態) |
携帯ラジオ スピーカー部分 | ~16,000 A/m (密着状態) | ~400 A/m (5cm 離した状態) | ~60 A/m (10cm 離した状態) |
携帯オーディオ機器 | ~12,000 A/m (密着状態) | 0 (5cm 離した状態) | 0 (10cm 離した状態) |
タブレット端末 | ~38,000 A/m (密着状態) | 0 (5cm 離した状態) | 0 (10cm 離した状態) |
ノートPC スピーカー部分 | ~8,000 A/m (密着状態) | 0 (5cm 離した状態) | 0 (10cm 離した状態) |
磁気健康敷布団 | ~40,000 A/m (密着状態) | 0 (5cm 離した状態) | 0 (10cm 離した状態) |
磁気健康腹巻き | ~44,000 A/m (密着状態) | 0 (5cm 離した状態) | 0 (10cm 離した状態) |
磁気健康枕 | ~48,000 A/m (密着状態) | 0 (5cm 離した状態) | 0 (10cm 離した状態) |
磁気ネックレス | ~96,000 A/m (密着状態) | 0 (5cm 離した状態) | 0 (10cm 離した状態) |
肩こり磁気製品 | ~144,000 A/m (密着状態) | 0 (5cm 離した状態) | 0 (10cm 離した状態) |
家具のドア マグネット | ~64,000 A/m (密着状態) | ~1,200 A/m (5cm 離した状態) | ~180 A/m (10cm 離した状態) |
バッグ留め金 | ~72,000 A/m (密着状態) | 0 (5cm 離した状態) | 0 (10cm 離した状態) |
磁気帯びしているか調べる方法
時計が磁気帯びしているか否かは実は修理店に持ち込まなくても「方位磁石」を使って判別することができます。
もし時計が磁気帯びしている場合、時計を方位磁石に近づけると方位磁石が振れます。
これは磁力に反応していることを意味します。
少し動くぐらいなら神経質になる必要はありませんが、大幅に動くようなら磁気抜きをした方が良いでしょう。
ちなみに写真のような脱磁器を購入すればボタンを押すだけで簡単に磁気を抜くことができます。
複数本の時計をお持ちの方であれば買ってしまうと良いでしょう。
耐磁時計の最新事情
各時計ブランドは磁力の影響を最小限に抑えようと「耐磁時計」の開発に挑んでいます。
最初に耐磁時計を作り上げたのはスイスの名門ティソ。1930年に開発され、大衆受けこそしませんでしたが、時計の可能性を大きく広げます。
その後は軍事用や医療機関関係者向けに耐磁時計は製造され、50年代以降は「ロレックス ミルガウス」「IWC インジュニア」など、耐磁時計の名機が誕生していきました。
現在はグランドセイコーやヴァシュロンコンスタンタン、ボールウォッチといったブランドも積極的に耐磁時計の開発を行っており、電化製品が身近にあふれる現代においてその注目度はどんどん高まっています。
IWC インヂュニア オートマティック IW357002
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径 40.0mm
全重量:119g
文字盤:ブラック
インデックス:バー
ムーブメント:自動巻き
パワーリザーブ:約42時間
防水性能:120m
インヂュニアとは英語で「エンジニア」の意味を持ちます。著しい経済成長や技術発展に伴い電化製品が増え、高い磁力にさらされた仕事をする人が増えたことにより開発されたモデルです。
初代モデルから80,000A/mもの耐磁性能を有し、まさに耐磁時計に先鞭をつけた時計だといえます。
1990年頃には500,000A/mの超耐磁時計も開発され、ますます需要は高まっています。
ロレックス ミルガウス Zブルーダイアル 116400GV
素材:ステンレススティール
ケースサイズ:直径 40.0mm
全重量:157g
文字盤:ブルー
インデックス:バー
ムーブメント:Cal.3131
パワーリザーブ:約48時間
防水性能:100m
1000ガウス(80,000A/m、フランス語でミルガウス)の磁気に耐えうることに由来して製造されたミルガウス。IWC同様、高い磁力にさらされる職業人向けに開発されました。50年代に発売されましたが、まだ電子機器が一般普及していなかったことからマニアックな時計とされ、1970年代に一度生産終了。
スマホやパソコンが一般的となった現代にその有用性へ再び注目が集まったことから、現在は復活を遂げ、注目を浴びています。
耐磁時計の仕組みとマスターコーアクシャル
耐磁時計の仕組みはメーカーによって異なりますが、大半のモデルはムーブメント全体を「軟磁性体でくるむ」という手法をとっています。
また、各種パーツに非磁性新素材を使ってムーブメント自体に強力な耐磁性能を持たせる手法も現在注目されており、オメガのマスターコーアクシャルムーブメントを中心に更なる進化を遂げています。
オメガのマスターコーアクシャルムーブメントは最強の耐磁性能を持つムーブメントです。磁気帯びの原因になる鉄を使わず、シリコンや非磁性新素材ニヴァガウスを使用することでこれまでの常識をはるかに超える耐磁性能を持つことに成功しています。
なお、「軟磁性体でくるむ」という手法においてはケースが肥大化するというデメリットが発生しましたが、マスターコーアクシャルムーブメントはムーブメント自体が圧倒的な耐磁性能を持つことから従来のムーブメントと全く同じサイズ感で時計を製造することが可能です。
性能のみならずデザインの制約もないため、今後はマスターコーアクシャルムーブメントを搭載した時計が耐磁時計の先端を担っていくことでしょう。
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年