時計のガラスまたはプラスティック風防についてしまった傷。「味わい」と捉えることもありますが、それでも視認性を低下させてしまったり、目立ってしまったりする傷は気になるところ。また、傷がひどいとそこから水分やホコリが侵入してしまい、時計の劣化を早めてしまいます。
そんな中で、「時計のガラス(または風防)の傷、小さいから自分で落とせるかも」このように思う方もいらっしゃるでしょう。
確かにインターネットで「時計のガラス 傷 落とし方」などと検索してみると、情報がたくさん出てきます。
そこでこの記事では、時計のガラスやプラスティック風防に傷がついてしまった場合の対処法をまとめてみました!
目次
時計のガラス・風防によって異なる傷対策を知っておこう
現在市場に出回っている時計のガラスまたは風防の種類は、「アクリルガラス」「ミネラルガラス」「サファイアクリスタルガラス」に大別することができます。そして、もし傷ができてしまった時、ご自身でも磨ける可能性があるのはアクリルガラスのみとなります。
①アクリルガラスの場合
アクリルガラスは、厳密にはガラスではなくプラスティックです。そのため、「プラスティック風防」と呼ばれてきました。
現在、ガラス素材のものでも風防と呼ぶこともあります。「風塵(ふうじん)から時計の文字盤や内部機構を守る」といった意味を持つためでしょう。ちなみにプレキシガラスと呼ばれることもあります。
このプラスティック風防もといアクリルガラスは、現在ではあまり使用されていませんが、アンティーク時計等で味わうことができます。後述するガラス素材が普及する以前、1940年代~1960年代頃によく用いられていました。
アクリル樹脂で作られたプラスティック素材のため安価で加工しやすく、軽量なことが特徴です。一方で傷つきやすく衝撃にも弱いという面も有します。モース硬度で表すと2です。
他のガラス素材との見分け方としては、まず「ドーム型」になっているということ。
現在流通している時計は、サイドから見るとガラスがフラットになっているかと思います。しかしながらプラスティック風防は真ん中を盛り上げるようになドーム形状をしていることが特徴です。この盛り上がりゆえに傷がつきやすいということもありますが、フラットよりも強度が高められ、破損を防ぐための仕様です。
また、爪でコツコツと叩いてみると、その音は低く軽めに響きます。
プラスティック風防は傷ついてしまった場合、微細なものであれば研磨で消すことができます。時計の扱いに慣れた方は、ご自身で傷取りを行うこともあるでしょう。また、オーバーホール等のメンテナンス時に研磨するのは比較的よくあるサービスです。
破損が激しい場合は、プラスティック風防ごと交換となります。
なお、「アンティーク時代によく用いられていた」と申し上げましたが、ユンハンスやタイメックスなど、一部ブランドでは今なお風防として用いられています。美しいドーム型は他のガラス素材にはない味わいを持っており、アンティークの個体の人気の理由の一つにもなっているためでしょう。
②ミネラルガラスの場合
ミネラルガラスは無機ガラスとも呼ばれ、1970年代頃から広く時計に用いられるようになりました。現在でも概ね5万円以下のカジュアルな時計ではミネラルガラスが使われています。
ガラスであるため強度はプラスティックに比べると高くなりますが、後述するサファイアクリスタルガラスほどではありません。モース硬度は高いもので6、低いものだと3程度。そのため何かにぶつかったりすると、割れたり欠けたりしてしまいます。とは言え素材としては低コストで加工も容易であることから、広く普及するに至りました。
見分け方としては、爪で表面をコツコツと叩いた時、プラスティック風防よりも重くあまり響かないような音がします。しかしながらサファイアクリスタルガラスと見分けることは難しいでしょう。
もっとも、ガラス素材は傷を研磨で落とすことは基本的にはできません。微細な傷であれば業者が行うことはありますが、ご自身でやることは傷を広げてしまうことに繋がります。傷が気になったり、破損したりといった場合は業者に持ち込みましょう。
③サファイアクリスタルガラスの場合
サファイアクリスタルガラスは、現在の高級時計の主流素材です。
アルミナ(高純度酸化アルミニウム)を用いて作られた人工ガラスですが、宝石のサファイアと同等のモース硬度9を持つことから、この名が付けられました。1970年代にクォーツ時計の普及とともにじょじょに使用が開始され始めた歴史を持ちます。
この硬度の高さゆえに傷や衝撃に強く、また耐熱性にも優れます。さらに、人工的に生成されているため不純物を含まないことから透過率が高く、見た目の美しさを兼ね備えます。
一方で素材としての価値が高いこと。そして加工難易度がミネラルガラスに比べて格段に上がることから、あまりカジュアルな価格帯の商品での使用は見受けられません。
見分け方としては、サイドから見ると平らでフラットな形状をしていること。また、ある程度使用しているものに関しては、傷がそこまで付いていないことでサファイアクリスタルガラスと判断することが可能です。爪でコツコツと叩くと、アクリルガラスのように重く高めの音となります。
ちなみに「フラット」と申し上げましたが、現在ではサファイアクリスタルガラスの加工技術が格段に向上しており、プラスティック風防のようなドーム型となったもの。フランクミュラーのトノーカーベックスやハリーウィンストンのアヴェニュー等に代表されるレクタンギュラーケースに合わせて弧を描かせたもの。独自のカラー加工を行ったもの。また、ガラスの反射をなくし視認性を高めるために無反射コーティングが施されたものなど、様々なタイプが存在します。
なお、サファイアクリスタルガラスは研磨によっての傷取りはできません。傷や破損が気になる場合は業者に交換対応をお願いすることが一般的です。
最後に付け加えると、時計のガラス・風防の正確な見分けについては、購入店や専門業者に問い合わせてみるのが一番です。
時計のプラスティック風防の傷を自分で落とすやり方と気を付けたいこと
前項でご紹介したように、時計のプラスティック風防であれば、傷をご自身で研磨して落とせる場合があります。
しかしながら「微細な傷」にご自身でできる範囲は異なること。そして下記の気を付けたいことをご留意したうえで行うようにしましょう。
①気を付けたいこと
基本的に時計のガラスや風防や「消耗品」です。時計業界では長らくこの認識であったため、気軽に研磨したり、交換したりしてきました。
しかしながら近年、プラスティック風防は市場から急速に減少しています。なぜなら、メーカー側が生産終了しているためです。また、生産は続けていても、かつてのような安定した供給というレベルではありません。
例えばオメガ。古くから実用的な時計製造技術を確立してきた名門ブランドで、アンティーク市場ではスピードマスターやシーマスター,コンステレーションなどの数々の銘品が出回り、かつ非常に高い人気を持ちます。しかしながらメーカー側は昔ほどプラスティック風防を製造していないので、かつて数千円程度で交換できた風防が、現在は10,000円をゆうに超えるほど高額となってきました。
また、ロレックスもアンティーク市場をにぎわせる立役者です。人気ぶりやそれに伴う価値の高騰ぶりは、時計業界屈指と言っていいかもしれません。しかしながらロレックスは既にプラスティック風防の生産を終了していること、加えてアンティークは「オリジナリティの高さ」が重要視される傾向にあることから、個体によっては、今あるプラスティック風防を安易に交換したり、研磨したりすることはお勧めできません。
こういった貴重なアンティーク時計,また高級時計の場合はご自身で傷取りしようとせず、購入店や信頼できる民間の修理業者に相談してみましょう。
もう一つ気を付けたい点としては、研磨のしすぎは風防の耐久性や防水性を落としてしまうということです。
外装にも言えることですが、研磨は表面を削って傷を目立たなくする、ということを意味しているため、微細ながらじょじょに面積が少なくなっていきます。ご自身での研磨にしろ、修理業者での研磨にしろ、やりすぎは禁物です。
加えて、ご自身での研磨は微細な傷にとどめ、ひどい傷やひび割れは業者に任せましょう。
②やり方
プラスティック風防に使える研磨剤はいくつかあります。サンエーパールやバフに付ける固定研磨剤,また歯磨き粉でも代用可能です。1000番以上の目の細かなやすり(耐水ペーパー)を研磨剤の前に使用する方もいらっしゃいますが、丁寧に行わないと風防の耐久性を落としてしまうため、自己流であれば研磨剤だけに留めるのが良いでしょう。
やり方はまず、ケースからプラスティック風防を外すのが望ましいです。しかしながら個人で行うと防水性を著しく落としたり、文字盤や内部のムーブメントに傷をつけてしまったりするリスクがあるので、風防とケースのつなぎ目をセロハンテープで保護するようにし、研磨剤を絶対にフチ部分に付着させないようにしましょう。これは、内部に研磨剤が侵入してしまうのを防ぐためです。
フチ部分を保護したら、柔らかい布やタオル,またはキッチンペーパーに研磨剤を軽く取り、円を描くように傷部分を優しく磨きます。ある程度磨いたら研磨剤を付けていないやわらかい布やタオルで研磨剤が残らないようしっかり拭ってあげて終了です。
ちなみに民間修理業者の場合でも、同じような手法が取られます。
比較的すぐに済むことから、オーバーホールのついでにやってもらえることもありますので、問い合わせてみましょう。
時計のガラスまたは風防交換費用はいくら?
最後に、時計のガラスまたはプラスティック風防を民間修理会社で交換する際の一般的な費用について解説いたします。
まず、プラスティック風防については、かつては5,000円程度~、あるいは無償交換がよくありました。
しかしながら前述の通りプラスティック風防あるいはアンティーク個体の稀少性が高まっており、現在は10,000円以上かかる場合も見受けられます。
ミネラルガラスの場合は10,000円~、サファイアクリスタルガラスの場合は15,000円程度~がだいたいの相場です。
ちなみにガラスが破損してしまった場合は内部に入り込んでいる可能性を鑑みて、オーバーホールを併せて行うこともあります。
なお、業者によっては必ずしも純正ガラスに交換するとは限りません。もちろん社外品でも防水性や耐久性を守る分には問題ないことがほとんどですが、メーカーから一切のメンテナンスが受けられなくなる可能性もあります。
メーカー以外の修理業者に交換対応を依頼する際は、事前に確認しておきましょう。
まとめ
時計のガラスまたはプラスティック風防に付いてしまった傷の取り方についてご紹介いたしました。
プラスティック風防、プレキシガラス、アクリルガラスなどと呼ばれる風防であれば微細な傷の研磨をご自身で行えること。ミネラルガラスやサファイアクリスタルガラスは交換対応となること。プラスティック風防であっても、ひどい傷や破損が見られる場合は交換が必要であることなどをお伝えできたでしょうか。
文中で何度か言及しているように、風防は時計を守る大切な役割を担います。そのため自己流お手入れで耐久性を落としてしまったり内部に異物を混入させたりしてしまっては本末転倒。少しでも不安を感じたら、購入店や民間修理業者にご相談ください!その際は、信頼できる場所を選ぶことが重要です。
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年